だって、私が眠りについて、もし何十年も起きなかったら、お父さんはこの家にひとりで住むんだ。
 おばあちゃんももう今年で七十八歳。最近体調も崩しやすいみたいだし、お父さんもある程度のことは覚悟しているだろう。
「私、お父さんが生きてる間に、目ぇ覚ませるかな」
 ぽつりとそんなことを言うと、お父さんは「当たり前だ」と意外にも即答した。それも、少し怒ったような口調で。
 お父さんは、もしもの話を絶対にしないような人なのに。
 今度は私が驚いた顔で見つめていると、お父さんは落ち着いた声で本音を漏らす。
「こういう時間なんて、本当はいくらでも作れたのにな……」
「え……」
「この家は絶対に壊さず、残しておく。ひとつでも変わらないものがある方が、いいだろう」
 そう言われて、思わず涙腺が緩みかけた。
 変だな、最近の私は感情が揺さぶられやすい。
 おばあちゃんは「じゃあ、私が死んだあとは、この家が傷まないように家政婦さん雇わなきゃね」なんて本気で言っている。
 私が死んだらなんて、全然笑えないジョークに苦笑を浮かべる。
 けれど、お父さんの気持ちは、シンプルに嬉しかった。
 変わらないものがひとつでもあれば、安心できるのはたしかだ。
 私たちは穏やかな朝食の時間を過ごして、お父さんの出勤を見送ったのだった。

「寒いのにごめんね青花、おばあちゃん最近腰が痛くって長時間かがめないのよ」
 お昼ご飯を食べ終えた夕方。申し訳なさそうにおばあちゃんが眉を下げて、苗を運んできた。
 庭に出た私はしっかり分厚いコートを着込んで、おばあちゃんが大事に育てていた綺麗な花に目を向ける。
「おばあちゃん、このピンクの花、何て言うの?」
「オキザリスよ。綺麗でしょう」
「へー、冬でもこんな鮮やかな花、咲くんだね」
 ものすごくシンプルな形のオキザリスは、五枚の花びらを立派に咲かせている。
 あんまり聞いたことのない花の名前だったけれど、すごく綺麗だと思った。
「どんな季節も、青花に少しでも綺麗なものを見せてあげたいと思ってね」
「え……、そんな理由で植えてくれたの?」
「大きな理由だわ」
 私の言葉に、おばあちゃんは優しく笑って返す。
 照れくさくて、何て言ったらいいのか分からず、ただただ花の植え替え作業をこなす。
 冬の凍てついた空気にも耐えて花を咲かせている植物が、とても逞しく感じる。