「兄貴、いつも深夜まで何やってんの? 俺より遅く寝るときあるよね?」
 こんな風に日常的な質問を投げかけられることなんて、いったいいつぶりだろう。
 普通に話しかけられたことに少し動揺しつつも、俺はぼそっと言葉を返す。
「あー、ゲームプログラミングをちょっと……」
「え、兄貴そんなことできんの?」
 インスタントコーヒーを淹れながら、俊也は目を見開いて驚きの表情をした。たしかに、今までそんなことを家族に話したことはなかったかもしれない。
 少し照れくさくなりつつも、「大したもんじゃないけど」と補足した。
 俊也は俺が陰でそんなことをしているのがかなり意外だったのか、「へぇー」と低い声を出して固まっている。
 それ以上会話も広がらなそうだったため、俺はアウターのチャックを喉元まで閉めて、そろそろ出ようとした。
「本当に、あんなこと言っても、兄貴は普通なんだな」
 しばらくの沈黙のあと、俊也はひとり言みたいに突然つぶやいた。
 俺は思わずその場に立ち止まり、聞き返す。
「え?」
「いや、何でもない。じゃあ」
 コーヒーを淹れ終えた俊也は、俺の疑問を受け取らずに、横をすり抜けて二階へと上がっていく。
 俊也の言葉はしっかり耳に届いていたけれど、顔が見えなかったので、彼がどんな気持ちで言ったのかは分からない。
 呑気な兄貴だと呆れているのか、それとも普通の日常が続いていることに安心しているのか。
 分からないけれど、それでいい。ゆっくり分かっていきたいと思う。
 俺は二階に消えていく俊也を見届けてから、玄関のドアを開けた。
 銀杏の木はまだ黄色いままで、でも少しずつ葉を減らしている。息を吐いて白くなるほどの寒さではないけど、思わず両腕を摩りたくなる冷え込み具合だ。
 商店街方面に向かって早朝の道を歩いていると、ふと前方に見覚えのある人が見えた。
 白いダウンを着たその人は、花束を持ってこっちに近づいてくる。
「青花のおばあさん!」
 思わず大きな声を出すと、おばあさんはすぐに俺に気づいてにこっと微笑んでくれた。
「あらー、神代君、休日なのに早起きね」
「おばあさん、文化祭の日は、俺がついてたのにすみませんでした」
 和やかに話しかけてくれるおばあさんの言葉を遮って、俺はバッと勢いよく頭を下げる。
 あの日電話でも謝罪をしたけれど、ずっと直接謝りたいと思っていた。