母親は、俺と話したあの一件以来、俊也との距離を何とか上手く縮めようとしている。
 斜め前に座る俊也はいつもと変わりない様子だけど、私立受験が突然許されたことには少し動揺していたらしい。
 父親は今日も遅いらしく帰ってきていない。
 目の前に運ばれたお惣菜の揚げ物を、俺は黙々と口に運んだ。
「俊也もたまにはリフレッシュして、息抜きしないとね」
 母親の言葉に、俊也は「そんな呑気なこと言ってられるかよ」と返す。
 そして、ソースも何もつけずに、ただお腹にため込むみたいにおかずだけ食べて、俊也は席を立とうとした。
 それを見た母親は、「待って俊也」と呼び止める。
「何だよ、宿題終わってなくて忙しいんだけど」
「私、俊也に謝らなきゃいけないことがあるの」
「はあ……?」
 俊也は訝しげに眉を顰めて、母親をほとんど睨みつけるみたいに見ている。
 嫌な空気を察したけれど、母親は言いづらそうに言葉を続ける。
「もし俊也に、禄を贔屓してるなんて思わせていたら、ごめんね」
 俺はどんな表情をしていたらいいのか分からず、ただ味のしない食事を咀嚼する。
 俊也はしばらく沈黙してから、フッと鼻で笑った。
「何、今さら。あんたの長男贔屓なんて、もうどうでもいいんだけど」
「違うの、お母さん、ずっと俊也は大丈夫って逆に甘えてたの……」
「何を許されたくて謝ってんの? 誰かに何か言われた?」
 俊也の問いに、母親は反射的にチラッと俺の方を見た。
 すると、何かを察した俊也は目の色を変えて、急にお惣菜がのったお皿を床に投げつけた。
 ガシャーン!と大きな音が家に響いて、茶色い個体が床に散らばる。
「また禄が言ったから? あんたいつも禄に言われたことしか受け止めないな。俺があのとき、何を言っても荒れてた癖に……っ」
 俊也が言う〝あのとき〟とは、間違いなく俺がM学園を受けるのをやめると突然宣言したときのことだ。
 母親は怒り狂って、『あんたのためにいくら学費使ってきたと思ってんのよ!』と叫んでいた。
 俊也はそんな母親を宥めようとして、説得を試みてくれた。俺はもう全部どうでもよくて自室に逃げていたから、俊也がどんな言葉を母親にかけてくれていたのかは、分からないけれど。
 本当は、木下に俊也をいじめると脅されたから受験をやめた。
 それは事実だったけど、俺はただの弟思いの人間ではない。