自分が生きていると分かって出てきた涙。これは紛れもなく、死への恐怖だった。
 木下たちの前では気を張っていられたのに、禄の前では自分を守る鎧がボロボロ崩れ落ちてしまう。
「禄、私、怖かった、怖かったよ……」
 私は、布団を自分の顔に押しつけて、声を絞り出す。
 ずっと誰にも言ったことのない弱音が、どんどんこぼれてくる。
「私ね、ほんとは病気より、私が寝ている間に世界が変わってることが怖いの。私が目を覚まさない間も、クラスメイトには毎日いろんなことが起こって、おばあちゃんも体が弱っていって、世界ではありえない事件が起きて、大規模な感染症が流行って、禄に新しい友人ができて……って。私が眠ってる間に通り過ぎた〝今〟に……、世界に置き去りにされて、いつかひとりぼっちになっちゃうんじゃないかって」
 胸の中に押し込めていた恐怖や不安が、一気にあふれ出していく。
 こんな感情、自分の中に本当にあったんだって、自分でも驚くほどに。
「本当は私、大切な人がいる今の世界を生きたい。大切な人が誰もいない未来の世界に残されたって、意味ないなって思うんだよ……っ」
「青花……」
「私が目を覚ましたときに、おばあちゃんやお父さんや禄が死んでしまっていたら、そんな世界、生きてたって意味がないっ……」
 ――誰にも言えなかった。
 言ったらダメだと思っていた。
 だってそれは、生きることを否定することに繋がるから。
 こんな言葉をおばあちゃんが聞いたら、きっと悲しむ。
 こんな本音をお父さんが知ってしまったら、きっと怒る。
 私は今、生きているのではなく、生かされているのだから。
 だから、どこにも弱音を吐けなかった。吐ける訳がなかった。
 耳を澄ますと、未来ある同世代の人たちの、楽しげな声が聞こえてくる。カーテンの隙間から見えた空は目が眩むほど青く澄んでいて、世界は美しいことを知らせてくる。
 それなのに、私はもう明日、強制的に季節をまたがなければならない。
 次に目を開いたときには、文化祭の思い出を語る人なんてきっとどこにもいなくて、すっかり受験の空気になって教室はピリピリしているんだろう。黄金色の景色は色を失って、寒色の世界に変わっている。
禄も、重たそうなコートを羽織って、単語帳を見つめながら、見えない未来への不安を募らせて、白い息を空に向けて吐いたりするんだろう。