「あんたはそんなこと心配しなくていいのよ。自分の大学受験に備えなさい」
「俊也を私立に行かせるのは難しいって言ったの、本当?」
「え、それ俊也から聞いた?」
 急に悲しい空気になり、母親は申し訳なさそうに眉を下げる。
 そして、指折り数えながら愚痴を漏らした。
「男子二人大学まで出すこと考えるとねー。まあ元々、二人目は考えてなかったのもあるのよね。でも大丈夫、お母さんもいい加減パート始めるつもりだし」
「――待って母さん」
 俺はある言葉に引っかかって、言い募る母親を遮る。
 真剣な表情の俺に、母親は「何よ」と眉を顰めた。
「二人目考えてなかったって、それ、俊也にもまさか言った……?」
「え? ああ、言ったかもね。だって俊也って、ちゃんと説明しなきゃ納得してくれないじゃない」
「言ったの? 本当に?」
 そんなの、望んでいなかった子、と受け取られても仕方ないくらいの暴言だ。
 どんなに冗談っぽく言ったとしても、話の流れだったとしても。
 長男であるというだけで優遇されている俺を、俊也が恨むのは無理もない話。
 むしろ物に当たることだけで留めている俊也は、どんなに大人だろう。
 しばらく黙りこくっている俺の顔を、母親は心配した様子で覗き込んでいる。
『恵まれた環境でもできることやらねぇ性格、心底嫌いだよ』
 聞き流していた俊也の言葉が、頭の中を巡った。
「母さん、俺大学生になったら、家出てくから」
「え、あんた何言ってんの急に。仕送りする余裕なんてうちにはどこにも……」
「学費も込みで、全部自分で出すから。一年前から決めてた」
 そう言って、俺はスマホを操作して、自分のネット銀行の残高を見せた。
 親に配信で稼いでいるとは言っていたけれど、バイト程度のことだと思っていたんだろう。
 余裕で学費を賄える額を見て、漫画みたいに目を丸くしていた。
「あんたが稼いだの……? こんな大金」
「俺の学費はもう心配いらないから、俊也に使ってやって」
 そう言いきると、母親はまだ困惑した表情で、俺のスマホ画面をまじまじと見ている。
 予想もしていなかったことだったんだろう。言葉が出てこない様子だ。
「俊也に、二人目考えてなかったなんて、もう二度と言わないでやって。冗談でも」
「え……」
「人って思ってもないことが、刺さったりするじゃん」