ひとつ約束して


 金曜日の夜、スマホを離さずに青花からのメッセージを待っていたら、ブブッと振動を感じた。
 慌ててロックを解除すると、そこには【まさかのオッケー出た】という一言が表示されていた。
 ちょうど夕飯を食べ終えて自室に戻ったタイミングだったので、思わず安堵のため息が漏れ出る。
 青花があんな風にわがままを言うことなんてなかったから、文化祭を絶対に楽しんでほしいと思っていた。
「ちょっと禄、階段手前で止まんないでくれない?」
 畳んだ洗濯物を持ちながら階段を上って来た母親に注意され、俺はスッと前に進んで道を空ける。
 珍しく家の中でもスマホを持ち歩いていた俺をずっと怪しんでいたのか、母親は何か言いたげな顔をしていた。
「なーに、誰のメッセージ待ってたのー?」
「別に。ゲームの通知」
「ふぅーん?」
 疑い深い反応を見せながらも、母親は俊也の部屋をガチャッと開けた。
 ちらっと見えた部屋は参考書であふれ返っていて、勉強に関する物以外は何も置かれていない様子だ。
 毎日二十二時過ぎに帰って来る俊也はまだ塾にいるから、夕食でも顔を合わせることはない。
「俊也、最近どう? たまに隣から唸り声聞こえるけど……」
 探るように質問すると、母親は困ったように肩をすくめる。そう、最近、俊也の唸り声で起こされることがたびたびあった。
 相当受験のストレスがたまってるのか、勉強が上手くいっていないのか。
 母親も呆れたような様子で、ひらひらと手を横に振る。
「八つ当たりがもうすごいのよー。帰ってきた途端、バッグ床に投げて、ご飯を掻き込んで、お風呂直行って感じ」
「……そうなんだ」
「禄のときは勉強面ではなーんも心配ごとなんかなかったから、お母さんどうしたらいいか分からなくて」
 その言葉に、俺は少し違和感を抱く。
 母親から見たら俺は手のかからない子供だったのかもしれないけど、トータル的には俊也の方が能力は高い。
 勉強だけができたって、人の価値は何も測れないのに。
 そこそこの大学を出た母親は、しれっと〝学歴が全て〟といった価値観を押しつけてくることが度々あった。
 もしかしたら俊也は、そんなプレッシャーにも反発しているのかもしれない。
「ねぇ、俊也の高校の学費って厳しいの?」
 そう問いかけると、母親はまた大きなため息を吐く。