絵はあまり得意じゃないから、複雑じゃなさそうな装飾で……。
 目の前のことに集中しようとしたけれど、嫌でも二人の会話が耳に入ってくる。
「でも鶴咲さん可愛いし、SNS始めたら一気にフォロワー増えちゃいそうじゃない?」
「いやいや、そんなことないでしょ」
 やけにしつこくSNSのことを話してくるな。
 青花の顔も引きつってるし、助け船を出してあげたいけど、話題が縁遠いものすぎてなかなか割って入れない。
 桐生はさっきまで人を仕切っていた癖に、全く作業を進めずに話しかけている。
「本物の眠り姫なんて、バズりそうじゃない?」
「え……?」
「こんな美少女が、コールドスリープなんて映画みたいな人生歩んでるって皆知ったらさー、〝反対派〟の人だって……」
 その言葉を聞いた瞬間、俺は気づいたら鉛筆の芯を根元からへし折っていた。
 それから、勢いよく椅子から立ち上がり、桐生を睨みつける。
「何が〝映画みたい〟だよ……」
 いったい何を言ってるんだ、こいつは。
 信じられない気持ちで、もはや言語が伝わらない宇宙人みたいに見える桐生を見下ろす。
 教室中から視線を掻き集めていても、どうでもいい。
「お前、どんな考えしてたらそんなこと言えるんだよ……」
「は? えー、何々、どうした神代く」
「映画みたい、じゃないだろ。青花にとっては、全部〝リアル〟だよ……」
 自分の中に、こんな怒りの感情が眠っているなんて、思わなかった。
 岡本や木下に対する怒りをはるかに超えているのは、傷つけられたのが自分じゃなく、青花だったから。自分にとって、大切な相手だったから。
 青花はぽかんとした顔をしているけれど、桐生は俺をハッとした顔で見ながら、「ごめん、軽率すぎたかも……」と素直に謝ってきた。
 俺は怒りを鎮めるために、桐生を視界から外したいと思い、そっと教室を出た。
 人気のない階段の踊り場まで無言で歩くと、壁に額をつけて思わずうなだれる。
 あんなに感情を剥き出しにすることなんて、今まで一度もなかったというのに。
 青花だって、きっと困っただろう。
 勝手に青花の気持ちを想像して、あんな風に怒りをぶつけるなんて。
「最悪だ……」
 自分らしくない行動に、羞恥心でいっぱいになる。
 しかしすぐに、あの場に青花を置いて出てしまったことに気づき、顔を上げる。