スルーして目の前を通り過ぎようとすると、突然腹部に痛みが走った。
「お前さ、前から気に食わなかったんだよ」
　いきなりパンチをしてきた木下が、周りに聞こえない程度の声で言い放つ。
　そばにいた友人たちは「やりすぎだろー」なんて言いながら、笑っている。
「次俺よりいい成績取ったら、また岡本に嘘流してやるからな」
「お前、何したい訳……？」
　痛みに耐えながらそう聞き返すと、木下は急に瞳の色を冷たくした。
「別に？　単にお前がムカつくだけだけど？　その何も考えてなさそうな顔がな」
　岡本に続いて、明確な理由のない苛立ちを、また理不尽にぶつけられているのか、俺は。
　そういえば、小学校時代から教師に『やる気があるのか』と言われることは何度かあった。
　人より感情の振れ幅が小さかったり、共感性が低そうだ、ということで、どうしてこうも攻撃されなくてはならないのか。
　今まで抱いたことのない怒りが、沸いてくる。
「お前、人のことムカつかせる天才だよ」
　そう言って、木下はもう一発俺の腹部を思いきり殴ってきた。
　思わずその場で吐きそうになったが、何とか堪える。
「おい、木下その辺にしとけ」
　向かいから女教師が歩いてきたのを見て仲間が耳打ちし、木下たちは何事もなかったかのようにその場を去っていった。
　人を苛立たせる。やる気が見えない。なんかムカつく。何も考えてなさそう。
　その言葉たちが、徐々に心を蝕んでいく。
『お前そのままだと、この先何やったって上手くいかねぇぞ』
　教師に言い捨てられた言葉が、まるで呪いみたいに染みついていった。

　次の日。教室に行くと、いつもと少し空気が違うことに気づいた。
　不思議に思いながらも伊勢谷に話しかけにいくと、伊勢谷はサッと目線を逸らす。
「伊勢谷、おはよ……」
「あ、ああ……」
　その気まずそうな反応を見て、何かがおかしいと感じた。
　あたりを見回すと、ひそひそと俺を見て何人かが小声で話している。木下たちは、ニヤニヤと俺を見ているだけ。
　もしかして、と、ある予感が頭の中をよぎる。
「伊勢谷、あのさ、変な噂聞いたりした……？」
「……うん」
「どんな？」
　目を泳がせている伊勢谷に詰め寄ると、伊勢谷は気まずそうにグループメッセージのトーク画面を見せた。