「匿名の証人が二人もいるんだ。しかも、お前の斜め前の席は成績優秀者の木下だったよな」
「それが……?」
「お前は木下の答案を覗くように、コソコソ変な動きをしてたらしいな」
 そうか、木下……アイツ本人がデマを流したのか。
 あまりに分かりやすい攻撃に、心の中で笑えてくる。
「今回は見逃してやるが、本来ならかなり大事だからな」
 見逃すも何も、俺はカンニングなんて身に覚えがない。
 一ミリも俺を信用していない岡本に、ふつふつと怒りが沸いてくる。
 何も言い返さずに黙って睨んでいると、岡本は急にピクッと眉を動かした。
「……何だ? そのもの言いたげな目つきは。見逃がしてやると言ってるのに」
「え……?」
「そこは〝ありがとうございます〟だろうが! お前、俺を舐めるのもいい加減にしろよ!」
 急に怒声を浴びせられ、胸倉を掴まれた。
 職員室には、まばらにほかの教師もいるというのに、誰も止めようとはしてこない。
 岡本は、いったい何のスイッチが入って、こんなに切れているのか。全く意味が分からない。けれど、岡本は蓄積していた俺への怒りをぶつけるかのように、罵声を浴びせた。
「いつもやる気ない面して授業受けやがってよぉ、お前みたいなやつが社会人になって人に迷惑かけんだよ。周りのモチベーション下げたりしてなぁ」
「……どういう意味ですか」
「お前みたいに、勉強だけできて、何っにも考えずにテキトーに生きてる人間が、見てて一番腹立つっつってるんだよ……」
 最後に耳元でそう囁かれ、胸倉を突然離された俺は、体勢を崩して床に倒れ込んだ。
 すぐに立ち上がろうとするが、岡本は俺のことをゴミでも見るかのような目で見下ろしていた。
「お前そのままだと、この先何やったって上手くいかねぇぞ」
 そう断言して、岡本は部活動の指導をしに、職員室を出ていった。
 あんなに大きな怒鳴り声が響いていたというのに、何事もなかったように職員室は平然としている。誰も俺を見ていない。
 フォローすべき生徒ではないと判断しているのか、それとも岡本が怖くて誰も逆らえないのか。
 突然の出来事に茫然自失しながらも、俺も静かに立ち上がり、職員室をあとにした。
 扉を開けて廊下に出ると、木下とその友人たち三人が、こっちを見てニヤニヤしている。
 恐らく俺が言われたことを外で聞いていたんだろう。