思い出したくない過去


 世界なんてどうでもいいと思って生きていた頃、季節の移り変わりなんて一度も気にしたことがなかった。
 暑いから薄着をして、寒いから厚着にする。本当にそれだけの繰り返し。
 こんなにも四季を感じられるようになったのは、間違いなく、青花と出会ってからだ。

 今から三年前の中学二年の夏。期末試験で学年一位を取ったときから、俺の世界は全てがどうでもよくなった。
「神代、帰ろー」
「伊勢谷ごめん、今日岡本に謎に呼び出されてるんだよね」
 数少ない友人であり、同じ帰宅部で坊主頭の伊勢谷は、小学時代からのよきゲーム友達。背が低いことを異様に気にしているが、気さくでいいやつだ。
 今日も伊勢谷とゲーセンに寄る予定だったけれど、俺はなぜか急に担任の岡本に呼び出されていた。
 伊勢谷は残念そうに「えー、なんだよー」と口を尖らせる。
「ごめん、また明日行こうぜ」
「オッケ、またな。テスト一位の天才君」
「おい、やめろよ」
 笑いながら茶化してくる伊勢谷に別れを告げ、俺は呼び出された職員室へと向かう。
 友達は少ないけれど、それなりに平和に過ごしている。悪いことをした覚えもないし、きっと三者面談の日程のことや進路のことだろう。なんて考えながら、俺は早歩きで向かった。

「神代。正直に答えなさい。お前、カンニングしてたんだろ?」
「え……?」
 しかし、俺の予想は唐突に裏切られた。
 四十代前後の、ジャージ姿で浅黒い顔色の男性教師が、犯人を追いつめる刑事ばりに鋭く俺を睨んでいる。
 クラスの担任かつ、野球部顧問の岡本は、普段から運動部贔屓の教師で、俺みたいな帰宅部の生徒には当たりが強いことで有名だ。だから、極力関わらないようにしていた。
 岡本はトントンと机を人差し指で叩き、一定のリズムで俺を威嚇してくるが、あまりに根拠のない言いがかりに、俺は言葉を失う。
「してません」
 数秒沈黙してから出た言葉は、あまりにシンプル。でも、それ以外に答えようがない。
 たしかに前回のテストからいきなり十番近く順位が上がったけれど、今回はたまたまテストと相性がよかっただけのこと。
 なぜそんなことで疑われなければならないのか。
 俺の毅然とした態度が気に食わなかったのか、岡本は異様に大きな目で俺をさらに睨みつけてくる。