向かい側の患者さんの処置を終えた守倉先生が再びやってきて、簡単な診察をするとのことだったので、俺は病室の外で一旦待つことにした。
 それから二十分後、制服に着替えた鶴咲が元気に外に出てきて、俺の腕を強引に引っ張った。
「学校行こ! もう遅刻ギリギリだよ!」
「待って鶴咲、起きたばっかりなのにそんなに動いたら……!」
「あっ」
 言ったそばから、鶴咲はバランスを崩してよろめいたので、俺は慌てて抱き留める。
「ご、ごめん、ありがと……」
「いや、全然……。ふらふらしてるし、ご飯か何か食べた方がいいかもね」
「そ、そうだね、車の中で食べようかな」
 鶴咲はすぐに俺から離れて、照れくさそうに頭を掻く。しかし、すぐに俺の制服を少しだけ掴んで、ゆっくり顔を上げた。
 ビー玉みたいに綺麗な目に見つめられて、俺は思わずたじろぐ。
「目が覚めて、神代君がいて、嬉しかった……」
「え……」
「まさか本当に約束を守ってくれるとは、思ってなかったからさ」
 えへへ、と泣きそうなのを誤魔化すように笑う鶴咲を見て、心臓の一部がぎゅっと掴まれたみたいになる。
 鶴咲はこんなに明るく見えても、たまに〝自分は忘れられても仕方がない人〟みたいな発言をする。
 もしかしたら過去に、そんなことがあったのかもしれない。でも、無理には聞かない。
 俺が一緒にいることで、もし少しでもその悲しい記憶が紛れるのなら、それでいいと思ったから。

 おばあさんが学校まで車で送ってくれることになったので、同乗することにした。
 車中でおにぎりを食べながら、早速ゲームの話を始める鶴咲を見ていると、ついさっきまで凍った状態だったなんて想像ができない。
 目の前で起きている奇跡のような出来事にしばし茫然としていると、鶴咲が「ねぇ聞いてる?」と顔を近づけてきた。
「ごめん、なんだっけ」
 謝りながら聞き返すと、鶴咲は少し不機嫌そうに頬を膨らませる。
「だからー、今度、同じ病室の結衣ちゃんって子に、神代君おすすめのゲームを教えたいんだけど、いい?」
「ああ、この前リストにして送ったやつ? いいよ」
「やった、暇そうにしてたから喜ぶよ」
 鶴咲はスマホをぽちぽちといじって早速その子にゲームのURLを送っているようだ。
 さっきの病室にいた子、ということは、鶴咲の少しあとに目を覚ましたんだろうか。