秋の風が僕らを包む


 鶴咲が眠りについて約三ヶ月が過ぎた。
 今日という日を、どれだけ待ち望んできただろう。
 彼女が寝ている間、楽しんでもらえる動画をひとつでも多く増やそうと毎日ゲーム実況をした。登録者数も順調に増えて、十分なほどの広告収入を得た。
 勉強は親に文句を言われない程度にそこそこにして、弟からの冷ややかな視線を感じながら、鶴咲のためにできることを自分なりに考えていた。
 コールドスリープのことも調べていくうちに、様々な考えがあることを知った。
 この処置に強く反対をしている団体が存在し、たびたび病院の前で抗議活動を行っていることも。『不自然に命の流れを止めるべきではない』という主張で、この処置を受けて不幸になった人を中心に集まっているようだ。
 俺は、その団体の書き込みや活動動画を観て、ただただ悲しくなった。鶴咲の生き方そのものを、否定されている気がして。
鶴咲のことを知ろうと思い行動したけれど、ふと思う。俺はいったい、鶴咲の何になりたいんだろう。
 そんな自問をしつつ、俺は何年かぶりに早起きをして、鶴咲が指定した病院へと向かっている。
 今は月曜日の朝七時。学校が始まるまで、ここからの距離を考えるとそんなに余裕はない。
 だけど今日、鶴咲の目覚めを一緒に迎えて、一緒に登校すると決めたんだ。
 目覚めてすぐに体を動かせるものなのか心配したけれど、車で運んでもらえれば何とかなると言っていた。強がりかもしれないけれど。
 正直、彼女がどんな状態でコールドスリープをしているのか、この目で見るのは少し怖い。
 病院で面会の受付を済ませて、どぎまぎしながらコールドスリープの処置が行われている病棟に歩いて向かう。
「あら、神代君じゃない? 青花を迎えに来てくれたの?」
 振り返るとそこには、霞色のセーターを着た鶴咲のおばあさんが立っていた。
「あの、すみません、今日は勝手に」
 慌てて挨拶をすると、おばあさんは「来てくれて嬉しいわ」とにっこり微笑む。手には鶴咲の制服が入ったバッグを抱えている。
 ひとりで病室に入る勇気がなかったので、正直タイミングがよかった。俺はおばあさんのあとに続いて、顔認証を済ませてセキュリティーを解除すると、しんと静まり返った病室にようやく足を踏み入れる。