無視して置いていこうとドアの前まで歩いたけれど、先ほど担任が無責任に言い放った〝できるだけフォローしてあげるように〟という言葉がぎりぎりで足を止めさせる。
「あれ! 皆いない⁉」
 イヤホンを取った彼女が突然声を上げるので、俺は思わずビクッと肩を震わせてうしろを向いた。
 バチッと鶴咲と目が合うと、彼女は「ごめん、次数学、教室移動なの?」と聞いてくるので、俺はこくんと頷く。無愛想な俺に臆することなく、彼女は慌てて教科書を手に持つと、ドアまで小走りでやってきた。
「ついていっていい?」
 吸い込まれそうなほど大きな黒目で見つめられ、少し怯む。
 女子とこうやって話したのなんて、いったいいつ以来だろうか。
 入学してから無口を決め込んでいたせいで、当然のごとく誰からも話しかけられずに、二年生になった俺。
『何を考えているのか分からない』と親にも友人にも言われすぎたせいで、人と話すことが億劫になっていたのだ。
「この学校本当に広いねー。迷っちゃうよ」
「あの、鶴咲さん……。あと二分でチャイム鳴るけど」
 俺は一緒に廊下を歩きながら、きょろきょろとあたりを見渡す彼女を少しだけ急かす。
「オッケー、走ろう! さん付けじゃなくていいよ。ねぇ君、名前は?」
 数学の教室は走っても三分はかかる場所にある。
 遅れることを覚悟して一緒に小走りをすると、走りながら名前を聞かれた。
 長い髪が揺れるのを目の端で見ながら、ぼそっと答える。
「神代」
「下の名前は?」
「……禄」
「かみしろろく? 何それ! かっこいい名前。今度ハンドルネームで使ってみようかな」
 煽ってる訳でもなく、無邪気に笑顔でそう言い放つ彼女が眩しくて、反応に困った。
 何とか会話を持たせるために、今度は自分からも質問してみる。
「師走が好きって言ってたけど、ゲームよくやるの?」
「うん、せっかくの起きてる一週間も、ゲームばっかりやってるよ」
「それは……いいことなのか」
 家族としては大切な一週間をゲームに費やされたら寂しいのではないだろうか。
 そう思ったけれど、彼女は首を横に振ってサラッと返す。
「おばあちゃんも一緒に暮らしているんだけど、おばあちゃんは、私が好きなことに時間使ってほしいって」
「ふぅん」
「神代君はゲームやらないの?」
「いや、普通にやってる」