商店街の光が星のように階段下で瞬いていて、鶴咲の潤んだ瞳には俺が映っている。真夏の風が、鶴咲の長い黒髪をふわりと夜空に舞い上げて、俺はその毛先の行く末をつい目で追ってしまう。
 背景は毎日見ているような景色なのに、世界の何もかもが、鮮明に見える。
 感情が動く、ということを、今、初めて体験しているのかもしれない。
 悲しいことが起きた訳じゃないのに、胸が切ない。心臓が、ぎゅってなる。
 自分のために感情を剥き出しにしてもらったことが、こんなにも胸に刺さるだなんて。
「鶴咲、俺……、言いすぎたごめん」
「ううん、ごめん、ティッシュ持ってる?」
 鶴咲は俺からティッシュを受け取ると、泣き止んだ子供みたいに鼻をかんだ。
「なんか私、感情と涙腺が直結してて、泣くほどじゃないことでも涙出ちゃうんだよね……。悔しい……」
「く、悔しいんだ……?」
「大げさで恥ずかしいじゃん」
 そう言って、少し照れくさそうに笑う鶴咲。
 その姿を見たら、また胸のどこかがぎゅっと苦しくなった。
 さっきまで大きな声で言い合っていたのに、空気が一気に和やかになる。鶴咲はそんな風に場の空気を変えることが上手い。
 中学時代の自分を彼女に知ってほしいとは思わないけれど、ひとつ自分の弱みを彼女と共有できたことが、恥ずかしくも、嬉しくもある。
 形も何もかもまだ不明確な感情が、胸の中にじんわりと広がっていく。
「鶴咲、ひとつお願いがあるんだけど」
「え、何、突然」
「次目覚めるとき、会いにいってもいいかな」
「え……?」
「眠りから覚める鶴咲を、迎えにいきたい」
『話しかけても、よかったの……?』
あのときの、鶴咲の不安そうな脆い声が、頭の中にこびりついている。
 じつはあのとき、次に彼女の目が覚めたら、変わらない俺で鶴咲を迎えたいと思ったんだ。
「あ、別に、無理にじゃなくて、嫌なら大丈夫……。じょ、女子は寝起きとか、普通に見せたくないと思うし」
 鶴咲がぽかんとした顔のまま固まっているので、俺は慌てて弁明をした。
 すると、鶴咲は一瞬壊れそうな表情をして、ゆっくり唇を動かす。
「……それ、本当に?」
「え……」
「私が起きるの、待っててくれるの?」
 ガラス玉みたいな瞳をまっすぐ俺に向けて、切実に問いかけてくる鶴咲。
 そんな彼女を見て、俺はつい、彼女の腕を掴んでしまった。