でも、鶴咲は何てことないというように……、いや、とどめを刺すように、笑顔で言葉を続けた。
「誰かの人生を否定しないと、自分の人生に満足感を得られないんだ?」
「あ? 女だからって調子乗んなよお前……」
「鶴咲! もういいから、行こう」
 憤怒した木下がこっちにやってきそうになったので、俺は鶴咲の腕を引っ張って谷中銀座の方向まで駆け戻った。
 階段の向こうに、わずかに『谷中ぎんざ』と書かれた看板が顔を出して見えてくる。
〝夕焼けだんだん〟が近づいたところでうしろを振り返り、木下が追いかけてこないことを確認すると、俺は鶴咲の腕を離して声を荒らげた。
「何で急にあんなことっ……、鶴咲に何かあったら危ないだろ」
 身の危険を顧みなかったことを怒られたことに驚いたのか、鶴咲は「そっち?」と言って目を丸くしている。
 そっち?って、こっち以外に何があるんだよ。
 息を切らしながら怒る俺を見ながら、鶴咲はさっきとは打って変わって気弱な声で言い訳をした。
「だって、友達があんな風に言われてたら嫌な気持ちになるじゃん」
「いいんだよ、俺なんかは何を言われたって!」
 食い気味で言葉を返すと、鶴咲はカチンと腹を立てた表情をした。
 商店街の前の道なのでそこそこ人通りがあり、会社帰りのサラリーマンがチラチラとこっちを見ている。
「俺〝なんか〟って何? 自分のこと卑下して、それ何の予防線?」
「そこそんなに怒る? とにかく、アイツは何してくるか分かんない危険なやつで……!」
「神代君の作るゲームは本当にすごいのに、あの人たちは空っぽだ……!」
 子供がわがままを言うときみたいに、鶴咲は斜め下を見ながら思っていることを吐き出す。
 その言葉に悔しさが詰まっているのを感じて、俺は激しく戸惑う。
 ……鶴咲は、本気で、俺のために怒って、俺のために悔しがってくれているのか?
「ごめん、中学の頃の神代君なんて、全然知らないのに首突っ込んで……」
 目にうっすら涙をためながら、絞り出すように話し始める鶴咲。
「でも私、ダメなの、自分の大切な人バカにされんの、絶対我慢できない……っ」
 大切な人、とサラッと言われたことに、胸がドクンと高鳴る。
 どんな意味で大切なのかは分からないけど、そう思ってもらえていたことが、素直に嬉しい。
 女子を泣かせたことなんて一度もないので、俺はただただ困惑していた。