六畳の部屋はベッドとパソコンとテレビが置いてあるだけで、ゲームキャラのグッズなどは全てクローゼットの中に隠してある。母がいじってきて何かとうるさいからだ。
 動画配信は、鶴咲が起きている間はお休みをしている。
 割と不定期更新のチャンネルだけど、一週間休むことなんて、今まではほとんどなかった。
 でも、この一週間だけは、鶴咲のために時間を使ってあげたい。そんな風に思っている自分に戸惑う。
 これはただの同情なのか、初めてできたリアルでのゲーム友達に舞い上がっているだけなのか。自分でも分からない。
 ゲームの通知メールを整理していると、ドタンバタンという激しい音とともに、隣の部屋に誰かが入ってきたのを感じた。中三の弟の俊也だ。
 思春期真っただ中の俊也は母親と喧嘩ばかりしていて、俺のことはゴミを見るような目つきで見てくる。
 今日も荒れてるな……と遠巻きに感じていたら、突然自室のドアが勢いよく開いた。
「うわ、何だよいきなり」
 思わず情けない声を出すと、黒髪でマッシュヘアの俊也が、ずかずかと俺の部屋に入って何かの本を投げてきた。
 分厚さのあるその本には、見慣れた私立高校『M学園』の名前が書いてあり、自分がかつて使っていた過去問題集のお古だと分かった。
「兄貴の中学のときの模試の結果、それに挟まってたんだけど」
 すこぶる機嫌の悪そうな声で言い放つ俊也。彼は今M学園を目指して受験勉強をしていると母親から聞いていたが、まさか俺が捨てたはずの問題集を俊也に渡していたとは。
 俊也が言いたいことが何なのか、だいたいの予想がつく。思わずため息が出る。
「偏差値足りねぇから、M学園受けないっつったのに、お前A判定だったんじゃん。ふざけんなよ」
 投げつけられた問題集から、Aと書かれた当時の成績表がちらっと見える。
 俺はだるそうに起き上がると、模試の結果をくしゃっと丸めて捨てた。
 俊也はそんな俺の行動に、力の限り言葉をぶつけてきた。
「俺と競うのがそんなに嫌かよ。本気でうぜぇ」
 まさかこんなものが時間を経て見つかってしまうとは。
 俊也の言う通り、俺は行けるはずだった区内トップクラスのM学園の受験をやめた。