「お友達も一緒に夕ご飯食べてもらったら?」
「やだよ。あの堅物なお父さんとご飯なんて食べたら、神代君気遣って疲れるよ」
 よく分からないけれど、お父さんとの関係はあまり上手くいってないんだろうか。
 何も言わずにいると、おばあさんは「せっかく来てもらったのにごめんね」と言って静かにドアを閉めた。
 鶴咲は申し訳なさそうな様子で、両手を顔の前でパチンと合わせる。
「ごめん! 今日はもうこれ以上ゲームできなそうだ……」
「いいよ。大丈夫。じゃ、帰るわ」
「あ、待って! コンビニで買い物したいから途中まで送る!」
 リュックを持って立ち上がる俺を、鶴咲は勢いよく止める。
 鶴咲は俺より先にドアを開けて「行こう」と言った。

 今日も来たときと同じように賑やかな商店街を抜けて帰る。
 歩きながらゲームの話をしていると、あっという間に夕焼けだんだんの手前まで辿り着いてしまった。
 俺は階段の前で「じゃあここで」と言ったけれど、「ここまで来たし、上まで送るよ」と言って鶴咲は一緒に階段を上ってくれた。
「じゃあ、今度こそ……また今度」
 上りきったところで、俺は腰より少し上あたりで、小さく手を上げる。
「うん、またね!」
「月曜、鶴咲がやりたいって言ってたゲーム持ってくわ」
「あ、月曜私、いないよ!」
 俺がサラッと言ったことに、鶴咲は即座に反応する。
 そんな彼女の言葉に、驚き思わず顔を上げた。
「ほら私、眠り姫?になっちゃうからさ。なーんて」
「え……」
 そうか。彼女が目を覚ましていられるのは、季節ごとにたった一週間なのだ。
 あまりにも鶴咲が〝普通〟なので、忘れていた。
 冗談めかして学校でのあだ名を自ら言った鶴咲は、ひらひらと俺に手を振っている。
「また、夏に会おうね」
 鶴咲の綺麗な髪が夕日に透けて、光っている。どこからか桜の花びらが舞ってきて、彼女の前を通り過ぎた。
 柔らかなオレンジ色に包まれた彼女は、どことなく儚くて、触れたら消えてしまいそうに見えて……。
 笑っているのに、悲しそうに見えるのは、夕焼けのせいだろう。
 茫然としている俺に、鶴咲が悪い冗談を言い足した。
「神代君が、三ヶ月後も私のことを覚えておいてくれると嬉しいな」
「そんなすぐ忘れないだろ」
「はは、そっか。じゃあまた」
 すぐに否定した俺を笑って、彼女は髪の毛を翻して下りていった。