こんなに優しい声が出せる人だなんて、今まで知らなかった。
 ……本当に、この世界は、向き合わなければ見えてこないことばかりだ。
「父さんは……、青花の目覚めを必ず待ってるから」
「あはは、ちゃんと長生きしてよー」
 私は冗談を言って返すけれど、お父さんは優しい笑みを浮かべたまま。
 そして、私を安心させるように宣言した。
「目覚めた世界で、ひとりになんてさせないからな」
「え……」
 その言葉は、私の不安を一気に溶かして、優しく体を包み込んでいった。
 お父さんはまっすぐ私の目を見つめながら、言葉を続ける。
「今まで、寂しい思いしただろう。玲子がいなくなって……、年頃の娘との距離感が分からなくなっていた。すまなかった、青花……」
「お父さん……」
「久々のひとり暮らしにはなるが、健康第一で待ってるよ」
 そう言って、お父さんは目を細める。
 今まで聞いたことのない本音を知った私は、少し戸惑っていた。
私は、お父さんの本当の優しさに、全く気づけていなかったんだな……。
ちくんと胸が少し痛んだけれど、親孝行は目が覚めたら考えよう。きっとまだ遅くない。
私は、「待ってて」と明るく言い放って、お父さんに笑顔を向けた。

 それから私と禄は、毎放課後を一緒に過ごした。
 イヤホンをしながら病室でオンラインゲームを対戦したり、ガンクロさんの配信動画を一緒に観たり、作りかけのゲームをお互いそれぞれ進めたり。
「ねぇ、そのゲームやらせてよ」
 ノートパソコンでゲームをこそこそ作っていると、突然禄がしびれを切らしたようにそう言ってきた。
 私が眠るまでにゲームをやらせてもらえると思っていたんだろう。
 一向に教えてくれそうにない私に、少し拗ねた様子でお願いしてくる禄。
「私が目覚めたらね」
 いたずらっぽくニヤッと笑って返すと、彼は途方に暮れたような顔をする。
「それ、何年先なんだろ……」
「その方が待ち遠しくていいでしょ」
 なーんて嘘だけど、と心の中でつぶやく。
 永久コールドスリープに入る前に、私は二つのことを決断していた。
 一つ目は、五年後までにもし目を覚ませたら、禄に会いに行くということ。
 二つ目は、五年経っても目を覚ませなかったら、このゲームをお父さんから禄に渡してもらって、さよならするということ。
 きっと禄は何も納得できないと思うけれど。