「いや、俺もここだから。東口方面だけど」
「え! じゃあ私、ずっと神の近くに住んでたってこと⁉」
「あのさ、その〝神〟って言うの、なんか恥ずかしいからやめてくんない……?」
 俺の突っ込みを全く聞かずに、鶴咲は声高に驚き興奮している。
 師走の正体がまさかこんな冴えない人間だと知って、裏切られた気持ちになったりしていないのだろうか。
 鶴咲が過剰に喜ぶたびに、俺は不安になっていく。
「私の家はこっち方面だから、真逆だね」
 北改札口を出てどんどん進んでいく鶴咲のうしろをついて歩く。どうやら、テレビ取材もよく見かける『谷中銀座商店街』を突っきった先に、彼女の自宅はあるようだ。
 商店街の入り口には、『夕焼けだんだん』という名所がある。
四、五十段はある石階段で、その階段上から谷中銀座方向を見ると、綺麗な夕焼けが見えることでその名が付いたらしい。オレンジ色に染まった商店街を見下ろすと、よく分からないけれどなぜか少し懐かしい気持ちになる。
俺たちはその階段を一緒に下り、お惣菜を求めて行き交う人の中に紛れた。
「ねぇ神代君、ここのメンチカツ美味しいよね。小さい頃からよく買い食いしてたなー」
「え、食べたことない」
「え、本気で言ってんの!」
 相当な衝撃だったのか、鶴咲は元々大きな目をさらに大きく見開いている。
 そんなに有名なメンチカツなのか……? 聞いたことはある気はするけど、人ごみが苦手だからあまりこっち方面には来たことがなかった。
「それは人生損してるよ! 今度絶対買ってみて!」
「う、うん分かった……」
 鶴咲の熱意に若干気圧されながらも、俺はこくんと頷く。
 商店街を通ったのはかなり久々だったからかもしれないけれど、なぜか鶴咲と一緒に歩くと、全然違う街に思えた。

「はい、ここ私の家」
「え、でか……」
 彼女がピタッと足を止めたのは、このあたりでも割と目に付く豪邸だった。
 二十三区内にある一軒家としては十分大きい方だと思う。
 長い塀の向こうに、桜の木や美しい庭が見える。
 彼女が門を開けて中に入ると、その先にはガラス張りの美術館のような家が建っていた。
「なんか、桜の木があったり、すごい家だね……。親金持ち?」
「お父さんは医者、お母さんはモデルだった。お母さんは病気で亡くなっちゃったけど」
「あ、そうなんだ」