どうしてこんなに分かりやすい隠しコマンドに、気づかなかったんだろう。
 タッチパッドに添えた人差し指と中指が、微かに震えている。
 この矢印をクリックしたら、青花の隠した思いが見えてしまう。
 俺は一度ごくりと唾を飲み込んでから、そっと矢印をクリックした。
 すると、そこにはこれまでなかった第四の選択肢が突如現れた。

▼眠る私のそばにいる

「そばに……」
 その言葉を見ただけで、ぐっと目頭が熱くなる。
 涙が出ないうちに進まなければと、俺は恐る恐るその選択肢をクリックした。
 すると、画面上の天使はこう答えたのだ。

【君と生きる世界は美しかった。もっと一緒にいたかった。もし生まれ変われたなら、次の世界でまた会いましょう】

 ……ああ、ようやく聞けた。
 ようやく、青花の本音が聞けた気がした、今。
 涙が頬を伝う。ぽたりと手の甲に涙が落ちて、指先も震えた。
 新しい人生を歩みましょうなんて背中を押しながら、彼女は俺がそばにいることを本当は望んでくれていた。
そして、生まれ変わった世界で会うことを願ってくれていた。
「うっ……ふっ……」
 あれから、十年以上もの時間が過ぎた。何度も何度も季節は巡った。
 未来が見えない俺たちは、ひとつも約束を果たすことができなかった。
 同じように時間を刻むこともできなかった。
 眠っている間に俺の人生は進み、青花の人生は止まったままだった。
 でも、君を大切に思う、その気持ちは、何度季節をまたいでも揺るがない自信があったんだ。
 自分が老いて姿が変わっても。
 どんなに時が経っても。
「青花っ……うっ……」
 青花。君が目を覚ます日を、ずっと、ずっとずっと待つつもりだったよ。
 でもそれは、本当に悲しいけれど、叶わなかった。
 だから、今度は青花が待っていて。
 俺がいつか永遠の眠りについて、いつか生まれ変わって、また新しい世界で目を覚ますその日まで。
 俺が目覚める日を、今度は青花が、ずっとずっと待っていて。
 その日まで、一分一秒たりとも無駄にせず、生きていくと誓うから。
 今度こそ約束だよ、青花。

【禄、大好きだよ。大好き……】

 そのとき、ゲーム画面の天使が、しゃべるはずもないのに、そう囁いた気がした。
 生きている意味がないと泣いていた君が、あの夜残してくれた言葉。
「青花。俺も……大好きだよ」