「私は開いてないから安心してほしい。神代君が覚悟できたときに開いてやってくれ」
 このゲームを開く覚悟か……。
 青花を思い出してしまうものはどうにか避けたくて、この一年間ゲームすらやらずに過ごしてきた。
 それなのに、今、彼女自身が作ったゲームがここにある。
 もしこれを開いてしまったら、俺はまた向き合わなければならない。
 もう青花が、世界のどこにもいないってことに。
「じゃあ、あまり暗くならないうちに帰るんだぞ」
「あっ……、はい! ありがとうございます」
 沈んでいるうちに、幸治さんは手桶と柄杓を手に持って、荷物を片付けていた。
 もっとゲームのことを質問したかったけれど、幸治さんも詳しくは知らないのかもしれない。
あえて俺たちの思い出には干渉しないでいてくれている気がするから。
「もし虫歯になったらいつでもうちにおいで」
「はは、そうします」
 最後は笑って、幸治さんは去っていった。
 俺はスマホを握り締めたまま、しばらくその場に立ち尽くした。



 家に帰ると、俺はベッドに倒れ込む。
 タップしたらすぐに見れるというのに、指が震えて動かない。
「無理だよ……」
 俺はスマホを握り締めて、肩を震わせる。
 無理だよ。向き合えないよ。まだ夢なんじゃないかって、思いたいよ。
 さっき、未来のことを考えるように幸治さんに言われたけれど、そんなことはやっぱりまだ想像できない。
『青花っ……どこにいるの……』
 この一年間、俺はずっと死んだように生きていた。
 部屋の中はゴミだらけで、大学では空気みたいに過ごして、生きるためだけに味もしないご飯を食べて、四季も自分とは全く関係なくなって。
 まるで、青花と出会う前の自分に、戻ったかのようだった。
 こんな自分を知ったら、青花はきっと絶望するに違いない。
 でも、立ち直る方法がどこにも見つからないし、立ち直ろうとも思っていないんだ。
 俺はもう、このまま季節に取り残されたっていい。
 世界に置き去りにされたって、何も怖くない。
 だってこの世界に、青花がいないから。

 そのとき、何もスマホに触れていないのに、少しチープなゲームのBGM音が突然響いた。
「えっ……」
 誤ってタップしてしまったのだろうか。勝手にスタート画面に移ってしまったゲームに俺は戸惑う。