きっと幸治さんには、俺の時が止まったままに見えているんだろう。
「俺もいまだにね、売ったはずの家に帰りそうになることがあるんだ。あそこに帰れば、妻も母も青花も皆がいるような気がしてな……」
「幸治さん、あの家、売ってたんですね」
 驚いている俺に、「そうか、言っていなかったね」と幸治さんは申し訳なさそうに眉を下げる。
「幻ばかり見ていたら、皆悲しむと思ったんだよ」
 そうか。つまり、無理やりにでも、あの家を売らないといけなかったのか。
 幸治さんの気持ちを想像するだけで、胸が張り裂けそうになる。
「春になると、なんで俺ひとりだけ季節をまたいで、こうして桜を見ているんだろうって、思ったな……」
 幸治さんの気持ちが、痛いほど分かる。簡単にそんなことを言ったら不快にさせてしまうだろうけれど、俺も本当に同じことを思ったんだ。
 目にじわりと涙を浮かべながら、「そうですね」とかすれた声で返すと、幸治さんはさらに言葉を続けた。
「あっちの世界にも、四季があるといいな」
「え……」
「せめて向こうでは、ゆっくり季節を楽しめたら……」
 そこまで言いかけて、幸治さんは言葉を詰まらせる。
 そうだ。あっちにも季節の概念があるのなら、ようやく青花はゆっくり過ごせているんだろう。
 春夏秋冬、どの季節にいる青花も、美しかった。……切ないくらいに。
 どこからか蝉の声が聞こえる。季節は変わらず巡っている。
 時間は止まることはないのだと、季節が残酷に教えてくれる。
 しばしの沈黙のあと、幸治さんは「そうだ」と声を出して、突然スマホを取り出してきた。
「青花から預かってるものがあってね。君に直接会ったら教えようと思っていたんだ。今から送ろう」
「え……?」
 預かってるもの……?
 いったい何なのか、想像もつかない。
 唐突な展開に驚いているうちに、ポンとURLが送られてきた。
「これって……?」
「青花が作ったゲームのURLだそうだ」
 青花が作ったゲーム……?
 こそこそ何かを作ってるとは言っていたけれど、もう一生目にすることはできないんだろうと思っていた。
 まさか、そのゲームがこのURLの先にあるだなんて、信じられない。
「青花に、〝もし五年経っても目覚めそうになかったら禄に渡して〟と頼まれていたんだ」
「そうだったんですか……」