「青花は今、集中治療室にいる。治療が終わるのを待っているところだ」
「集中……治療室」
 治療室の前まで辿り着くと、幸治さんが「ここに座って待とう」と、緑色の椅子に座った。俺も黙って、その横に座り込む。
「まさかこんなことになるなんてな……」
 ため息交じりに、幸治さんがつぶやく。
 その目尻には、うっすらと涙が滲んでいた。
「青花が……あの子が、何をしたっていうんだ……っ」
「幸治さんっ……」
 俺は彼の大きな背中を摩りながら、何とか涙を堪える。
 どうしてこんなことに。青花は何も悪いことをしていないのに。
 ただ生きたい。それだけを願って、眠りについた彼女に、どうしてこんなにも惨いことが起きるんだろう。
 今はただ、心の底から願うことしかできない。
 どうか、無事でいて。どうか。
「鶴咲さん、中へどうぞ」
 治療中のランプが消えて、治療室から出てきた看護師さんが幸治さんを呼んだ。
 幸治さんはふらふらと中へ入り、扉がバタンと閉まる。
 心臓が、不安でどうにかなってしまいそうだった。
 ずっと吐きそうなくらい、気持ち悪い。激しい腹痛に襲われて、俺は背中を丸めて蹲る。
 夢だったらいいのに。これがただの、悪夢だったらいいのに――。
 そう思いながら、どれほど時が経っただろう。
「神代君」
 時間の経過があやふやなまま、俺は低い声で名前を呼ばれる。
 そっと顔を上げると、そこには幸治さんが立っていた。
「青花のところへ、行ってあげてくれ」
 いろんな感情を押し殺したような声に、俺の心臓はドクンと跳ねる。
 幸治さんの表情からは、一切感情が読み取れなかった。
 
 ゆっくり立ち上がったけれど、足が、震えている。
もしこの先に、残酷な現実が待っていたらどうしよう。
夏なのに、指先が氷みたいに冷たい。
 嫌な汗が、額を伝う。
 何とか薄暗い治療室の中に入ったけれど、床が、ぐわんぐわんと歪んで見える。全く意識が正常じゃない。
「神代君、だね」
 手術着を着た守倉先生がとても苦しそうな顔で俺の名を呼んだ。
ただならぬ沈痛な空気が、あたりを漂っている。
 しばしの沈黙のあと、守倉先生は静かに口を開いた。
「……こっちへ」
 かなり重篤であろうことは、説明されなくても幸治さんの様子で分かった。
 青花は今、一刻を争う状態なんだ。