俺が、大事にしたいと思うこと。
 すぐに、青花の顔が頭の中に浮かんだ。
 俺が血相を変えている様子を見て、母親もまた、同じくらい真剣に不安な気持ちを受け止めてくれたということなんだろうか。
「ありがとう……」
 ぶっきらぼうに、お礼の言葉だけ返す。
 どうして母親が急にそんなことを思うようになってくれたのかは分からないけど、俺は今間違いなく心から母親に感謝している。
 母親はお礼に対しては何も言わずに、「急ぐわ」とだけ言って、ハンドルを切った。
 困り果てているときに無償で助けてくれる母親の偉大さに感謝をしつつも、一方で、ドクンドクンと不安そうに鳴り続ける心臓を抑えることにも、必死だった。
『重篤な状態の患者が数名いるようです』
 アナウンサーの言葉が、酸素を奪っていく。
 もし、その数人のひとりが、青花だったら――。
 嫌だ、絶対に認めたくない。そんなこと、あってはならない。
 祈るように、幸治さんにメッセージを送る。
【今向かっています。青花さんは無事ですか】
 俺はスマホをお守りみたいに握り締めながら、守倉病院に着くのを待った。

「ここで大丈夫だから。ありがとう」
「分かったわ、気をつけて」
 病院に着いた俺は、母親にお礼を伝えてすぐに病室へと向かおうとした。
 しかし、反対運動をしている人たちの群れと、記者の群れと、患者の親族の群れで、守倉病院は人であふれ返っていた。
「すみません、通してくださいっ」
 俺は何とか強引に人の波を縫って進み、入り口を封鎖する警察が見える位置まで到達した。
 ダメだ、正面突破はできなそうにない。
 どうにか裏口から回るしかないだろうか。
「神代君!」
 困り果てていたところで、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
 人ごみを掻き分けて、幸治さんが俺に向かって必死で手を振っている。
「彼は関係者です、通してください!」
幸治さんのピリついた声かけで少しだけ隙間ができ、俺はその隙を突いて何とか幸治さんの元まで辿り着いた。
 幸治さんは俺を見て「よく来てくれたね」と声をかけてくれたが、その表情は疲れきっている。
 青花の容体はどうなのか、こんな状態の幸治さんにすぐ聞くのは酷だと思い、俺はこくんと静かに頷くだけにした。
 幸治さんに連れられて病棟に入ると、中も外と同じくらいにバタバタしている。