世界はどうして


「おい兄貴! 兄貴……!」
 俊也の焦ったような声で、俺は目を覚ました。
 いつの間にかリビングで寝入ってしまったらしい俺は、ちっとも休まらなかった重い体を起こし、瞼をこする。
 徐々にぼやけた視界がクリアになっていき、目の前に焦った様子で俺の肩を揺らしている俊也が現れた。
 今日は休日だというのに、何をそんなに焦っているのか。
 ふと壁にかかっている時計を見ると、時刻はまだ朝の八時だった。
「何だよ俊也、今日休みなのに……」
「ニュース! 今すぐ観ろよ!」
「え……?」
「朝練前にテキトーにテレビ流してたら今……」
 ただならぬ様子の俊也に引っ張られ、俺はテレビが目の前にあるソファーへと移動した。
 何やら病院の前で多くの人が騒然としている映像が流れている。
 なんか、この病院、見覚えがある……。
 ぼんやりそんなことを思っていると、『守倉病院』の看板が人の合間から見えて、ドクンと心臓が大きく跳ねた。
『コールドスリープ反対運動を行っていた数名の男女が深夜に院内に忍び込み、コールドスリープ中の患者の命綱ともいえる装置を勝手に外したとして、病院内は混乱を極めています。現場の情報によりますと、重篤な状態の患者が複数人いるようです』
「なん……だよこれ」
 現場にいる男性アナウンサーが早口で伝えた事実を、俺は何ひとつ受け入れられなかった。
 映像内で起こっていることは現実じゃないと、脳が心を守るために勝手に自分に言い聞かせている。
 けれど、アナウンサーの言葉はどこまでも残酷だった。
『犯人は逃走中ですが、病院の周りには反対運動を行っている人であふれ返っています。反対運動参加者は、「コールドスリープは不自然な命の操作だ」「本当の眠りにつかせて解放してあげたのだ」としきりに訴えており――』
 そこまで聞いて、俺は床に崩れ落ちる。
「嘘だろ……?」
「兄貴……」
 何? 何が起こった?
 どうしてそんなことができるんだ?
 これは夢だと思いたくて、俺は何度も太ももを強く殴る。しかし、痛みを感じる。夢じゃない。これは、惨すぎる現実だ。
 自然と涙があふれてきて、俺は全身を怒りで震わせる。
「嘘だ……、こんなの嘘に決まってる!」
 俺の叫び声に、両親も二階から下りてきた。