君のいない夏


 青花のいない日々がやってきた。
 桜の木は青々とした葉っぱを生い茂らせ、あっという間に夏が訪れる。
 彼女と過ごした一週間は本当に一瞬で、一時間が一分のように感じられた。
 夕焼けだんだんで思いを通わせたあの夜が、いまだに夢のように思える。
 そして今俺は、あの日とはまるで真逆の、現実を生きている。
「共通テストの対策は、この夏休みで完璧にして終わらせましょう」
 一クラス三十人ほどいる予備校の教室で、俺は真剣に紙の上に書かれた数式と睨み合う。
 俺は情報系の学科に絞って受験対策を始め、とにかくプログラミングの知識を蓄えられることを最優先に大学を選んだ。
 こんなことを言ったら受験生に恨まれるかもしれないけれど、俺はこの時期に受験があってよかったと心底思っている。
 なぜなら、何もしていないと青花の顔が浮かんでしまうから。
 会いたいという気持ちが、抑えられなくなるから。
 ときどき、予備校の帰りに青花の病院に、寝顔を見にいっているけれど、やっぱりそれだけでは満たされない。
 青花の明るい声や、太陽みたいな笑顔が、また見たい。
 それがいったいいつになるかは、分からないけれど。
「よ、神代」
 昼休み。塾内にあるイートインスペースにて、紙パックジュースを飲みながら話しかけてきたのは、桐生だった。
 自分の高校でこの予備校に通っているのは俺と桐生しかいなかったため、たまに話すようになっていた。
 桐生は向かい側の椅子に腰かけると、コンビニで買ってきた昼飯を机に並べる。
「神代ってR大志望なんだよな。今、情報系強いとこ人気だよなー」
「プログラマー志望、増えてるからね」
「俺も理数強かったらよかったな」
「桐生は英語の模試、すごいよかったじゃん」
 予備校内でも女子にモテている桐生が、俺みたいな地味なやつと話してると周囲はやはり不思議なようで、今もチラチラと視線を感じている。
 しかし彼は、そんなこと何とも思っていない。
「そういや鶴咲さん、もうそろそろ目覚ますの?」
 ふいにそんな質問をされて、俺はコンビニ弁当を食べる手を止めた。
 そうか、まだクラスメイトには何も知らされていないのか。
「鶴咲はもう、学校来ないよ」
「え? どゆこと?」
 桐生は思いきり訝しげに眉を顰めて聞き返す。
「治療のめどが立ったから、それまで眠ることになったんだ」