でも、だからって、割りきれないことは、この世には腐るほどある。
「神代君……」
 切なげに名前を呼ぶ守倉先生が、俺の肩にそっと手をかけた。
「お願いします、一分でもいいんです……! お願いします……!」
 泣いて枯れきった声で、懇願する。
 人生で一番大きな声を出していたと思う。
 声帯がおかしくなっても、どうでもよかった。叫ばずにはいられないほどの、願いだったから。
「どうして……っ」
 どうして、俺が何も考えずにのうのうと生きてるこの時間を、青花に分けてあげられないんだろう。
 どうして、人の人生が変わる瞬間はこんなにも一瞬なんだろう。
 どうして、信じられないような不幸が、簡単に大切な人に降りかかったりするのだろう。どうして、そのほとんどが自分の力ではどうにもできないことばかりなのだろう。
 誰かに時間をあげられる魔法があるなら、今すぐ青花にかけてほしい。
 何だってするよ。俺はもう、何だってするから。
「神代君。目覚めたら君が捕まってる世界なんて、鶴咲さんは望んでない」
 守倉先生が、落ち着いた声で、でもどこか苦しげに説得をしてくる。
 俺は顔を一切上げられないまま、うなだれている。
「恣意的に起こすことで死ぬ可能性がある。分かってほしい。ルールがないと、僕たちは患者を守ってあげられなくなる」
「う、うっ……」
 分かっている。本当は、本気で割るつもりなんてなかった。
 だけど、青花のために何かしたいという気持ちを、抑えられなかった。
 外の世界を何も知らずに眠り続ける青花のガラスドームの上で、俺はまた泣き崩れる。

 三月下旬の、建物ごと潰れそうなほどひどい雨の日。
 青花のおばあさんは、亡くなった。