しかし、ドン!と鈍い音がしただけで、想像以上にガラスは分厚く、ヒビすら入らなかった。
「くっそ……!」
「こら、君、どうしたんだ!」
 守倉先生が慌てて俺を羽交い絞めにして、室内にいた看護師二人もキャーッと悲鳴を上げている。
 俺はなりふり構わず、ほとんど絶叫するみたいに、訴えかける。
「今だけでいいんです……! 青花のおばあさんが危ないんです……、目を覚まさせてくれませんか!」
 そう言うと、守倉先生は一瞬動揺して、「そうか、おばあさんが……」と悲しげにつぶやいたけれど、すぐに首を横に振る。
「ダメだ、どんな事情であっても、定められた期間外で目を覚ますことは許されない」
「そんなの、どうだっていいでしょう! こんな状況で!」
「法律で決まってることなんだ! 何があっても本人の同意していない期間に、イレギュラーに凍眠を解いてはならないと! 状況は分かるが……、今私たちができることはない」
 まっとうな意見に、さらに頭に血が昇っていく。
 脳内では、保健室で泣いていた青花の映像が、ただひたすら再生されている。
『本当は私、大切な人がいる〝今〟の世界を生きたい。大切な人が誰もいない〝未来〟の世界に残されたって、意味ないなって思うんだよ……っ』
 青花が最も恐れていたこと。
 それは、寝ている間に自分の世界が変わってしまうこと。
 大切な人が、いなくなっていること。
 だって、約束したんだ。
 青花の世界が勝手に変わる前に目を覚まさせるって、約束したんだよ。
「法律とか、そんなことどうだっていいんだよ! 青花が目を覚ましたときに、大事な人がもう死んでる世界だなんて、そんなの悲しすぎるだろ! 今は、二度と戻ってこないんだよ! 今すぐ開けろよ! 約束したんだよ……、世界が変わる前に、出してやるって……、こんなガラス、ぶっ壊してやるって……っ」
 青花を覆っている分厚いガラスに手をついて、俺はずるずるとその場に崩れ落ちる。
 俺は、何もできない。青花の何の役にも立てない。
 どうしようもないほど無力で、こうしてガラス越しに泣くことしかできない。
 最悪だ。こんな自分、最悪にみじめだ。
「ううっ、ああ……っ」
 室内に俺の泣き声だけが響いて、守倉先生はそれをただ黙って聞いていた。
 頭では分かっている。どうにもできないことだって。