「危険そうな場所には行かないでよね。帰るめどがついたら必ず連絡して」
「……分かった」
「あんたにそこまで大事な友達がいたとはね……」
 母親としては、そっちの方が驚きだったのだろう。
 ぼそっとひとり言のようにつぶやきつつも、俺を送り出してくれた。
 ドアを開けると、一瞬で顔が濡れたように感じるほど、すさまじい雨量だった。
 俺は傘が役に立たないと判断し、黒いレインコートを身に纏って外に出た。
 歩きだしてから長靴にすればよかったと思ったけれど、どうせ何を履いていても濡れるだろう。
 今は一刻でも早く、青花のおばあさんの安否を確認して、安心したい。
 そう思って、夕焼けだんだんの長い階段を駆け下りた。

 しばらくすると、青花の大きな家が見えてきた。
 ドクンドクンと、なぜか心臓が不安な動きをしている。
 俺はそっとインターホンを押して、おばあさんが出てくるのを待った。でも、反応がない。
 そっと門の隙間から、中を覗いてみる。
 すると、庭先に信じられない光景が見えた。
「おばあさん!」
 ほとんど、無意識のうちだったと思う。
 俺は肩の高さほどある鉄格子門を乗り越えて、庭先で倒れたままずぶ濡れになっているおばあさんの元へ駆け寄った。
 そばには植木鉢が倒れている。きっとこの大雨で、植物を中に入れようとしたんだろう。その途中で何か起きてしまったのか……。
「おばあさん、しっかりして!」
 俺は体を極力揺らさずに、耳元でおばあさんに声をかけ続ける。
「うう…」
すると、おばあさんが小さく呻き声を上げた。
 俺はおばあさんを雨に濡れない場所に移動させると、すぐに救急車に電話をかける。
「七十代の女性が、家の庭で倒れていました。発作か転倒か不明ですが……、すぐに来てください! 住所は××の……」
 こんな早口で何かを伝えたことが今まであっただろうか。
 心臓がドクンドクンと大きく鼓動して、こんなに寒いのに額から汗が垂れ流れた。
 おばあさんは唇を真っ青にして体を震わせていたので、俺は上着を脱いでおばあさんにかぶせる。
【救急車が到着するまで、心臓マッサージをしてください。スマホをスピーカーにできますか?】
「分かりました……!」
 救急隊員からの指示に従い、俺はスマホのスピーカーボタンをタップし、芝生の上に置いた。