神様はどうして


 青花が眠りに入って、長い長い二ヶ月が過ぎて三月の半ばになっていた。
 夜はまだ少し寒さが残るけれど、谷中銀座商店街の近くの桜は少しずつ蕾をつけ始め、日中は厚手のコートがなくても十分なほど温かくなった。
 青花が永久コールドスリープになることを、この二ヶ月で俺はゆっくりと自分の中で嚙み砕いていた。
 死ぬ訳ではないけれど、次にいつ会えるのかは分からない。まるで彼女が誰も知らない遠い国に行ってしまうみたいな、そんな感覚だった。
 春が過ぎたら、十七歳の姿のまま、彼女は眠り続ける。
 俺は、青花にいったい何をしてあげられるだろう。
 眠っているだけの青花を見るために、俺は青花が眠りについてからほとんど毎日、病院にお見舞いに行く日々を重ねていた。
「あら、禄君じゃない」
 今日も茫然と青花の寝顔を病室で眺めていると、青花のおばあさんが現れた。
 俺はスッと立ち上がり、会釈をする。
「毎日は大変でしょう。気持ちだけで十分ありがたいわよ」
そう言われたけれど、それでも俺は首を静かに横に振る。
ここに来ているのは俺のエゴだから。
「こうしてそばにいても、俺が青花のためにできることなんて、ひとつもないんですけどね……」
 ぼそっとそんなことをつぶやくと、おばあさんは少し寂しげに笑った。
 おばあさんを困らせてどうするんだよ、と心中で思ったけれど、ここで明るい世間話をするような気分にもなれなくて……。
 気まずそうにうなだれていると、おばあさんは俺を見て、なぜか「ありがとう」と優しい声で囁いた。
 どうして、ありがとう……?
「一週間しか目を覚ませないこの子に、禄君のようなお友達ができたのは、本当に奇跡だわ」
「え……」
「……青花のためにできることを、頼んでもいいかしら」
 にこっとさらに目を細めると、おばあさんは言葉を続ける。
「青花のベッドのそばにね、いくつか植物を置きたいの。目を覚ましたときに春を感じられるように。最近腰が痛くて、ひとりで車まで運ぶのは大変だから、来週お手伝いお願いできる?」
「もちろんです」
「ふふ、心強いわ」
 おばあさんの要求に、俺は即答した。
 きっと、やるせない気持ちでいる俺を、気遣ってくれたんだろうけれど。
 おばあさんの優しさに、胸が少し温かくなる。
 そっと視線を下げて、俺たちはガラスの中で眠る青花に目を向けた。