間抜けな顔をしながら禄の顔を見つめていると、彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。
 そうか、金曜日は、私たちのお別れの曜日だ。冬に会えるのは最後だから、こうして来てくれたんだろうか。
 戸惑いよりも、嬉しさが勝っている。それじゃダメなのに。
「聞くつもりじゃなかったんだけど、二人の会話も少し聞こえた」
「え……、あ、そっか」
 私は動揺して語彙力を完全に失い、中身のない返事をする。
 黒いコートを着た禄は少し大人っぽく見えて、私が沈黙している間に、椅子に座っているおばあちゃんに軽く会釈をしていた。
「ごめん、言おうと思ってはいたんだけど、なかなか言い出せなくて……」
「春の目覚めが、最後になるの?」
 言い訳がましい言葉を並べる私を遮って、禄がまっすぐな質問をぶつけてきた。
 私はその問いに、ゆっくりと首を縦に振る。
 すると、禄の表情が苦しそうに歪んでいく。
「俺、青花のこと、忘れなきゃダメ?」
「え……」
「嫌なんだけど、そんなの」
 子供みたいな言葉。だけど、その声はとても力強くて、強い意志を感じた。
 今、禄を傷つけて、悲しませているのは、私だ。
「青花が何て言おうと、絶対に忘れない」
「そんなこと、言ったって……」
「俺は、青花の世界にもう必要ない?」
 切なげに問いかけられて、私はやるせない気持ちでいっぱいになった。
 そんな訳ないという気持ちが、すでに余裕のない私を追い込んでいく。
「私が、どれだけ悩んで決めたことだと思ってるの……⁉」
 こんなの、八つ当たりだ。嫌だ、こんなことを言いたい訳じゃない。
なのに――、止まらない。
「簡単じゃなかった! 禄に会わないと決めたのは……っ。何も、簡単なんかじゃなかったんだよ……っ」
「青花……」
「治療法のめどが立ったって言われた……最悪、二十年後になる可能性もあるけど、治療法が確立する可能性が高いんだって……。だから私は、今を捨てて、未来に賭けるの……っ」
 私の言葉に、禄は少し驚いた顔をしている。
 ようやく気持を落ち着けていたところなのに。
 これ以上、今の世界に未練を残したくないよ。怖いよ。
 カタカタと指が震えているのは、寒さのせいだけじゃない。
 そんな私の両手を、禄は私よりずっと大きい手で包み込んだ。
「え……」
 急なことに驚き、思わず声が出る。