「あ、これは、べつにそういうわけじゃ……」

「その言い訳もう何回目かしらね。さすがに先生も嘘だって気づくわよ」


 このやりとりを数回繰り返したおかげで、先生には通用しなくて「うっ……」と言葉に詰まらせる。


「規則では、ちゃんと借りた人が返却するものなのよ」

「は、はい」

「ちゃんと相手にそのことは伝えた?」

「……はい、伝えてはいるのですが……」


 伝えている途中で面倒くさがられて、逃げられてしまう。


「ほんとにー? それなら来るはずだけど、おかしいなぁ」


 そんなの、来るはずはない。

 それはよく私が知っている。


 べつに意地悪をされているわけでもないし、無視をされているわけでもない。

 利用されているわけでもないんだ、って自分に言い聞かせるように。


「で、でも、なんだか忙しそうだったので……」


 きっと、小沼さんたちの時間はめまぐるしいスピードで過ぎ去って。

 だからこそ止まることを許さなく、無駄なことはしないために、そこにいた私に頼むのかもしれない。


「もしそれが事実だとしても忙しいとか関係ないのよ。借りた人が返却する規則があるんだもの。それは先生には通用しないわ」


 先生みたいに強く言えたらどんなに心は楽になれるのかな。


「三好さんもっと強く言ってもいいのよ。これはあなたが返す必要はないわけだし」

「は、はい……すみません」


 ついくせで謝ってしまうと、


「もう、だから三好さんが謝る必要もないのよ」


 肩をすくめて呆れたように笑った先生は、私から本を受け取ると、返却用としてプリントに記入する。


 小沼さんの代わりに本を返すようになって五回目。

 あとどれくらいこれが続くのかな。


 そんな未来を想像して、少し憂鬱になり、目を逸らす。

 と、視線の先に映り込む綺麗な夕焼けの写真。


 暖かみのあるオレンジ色と、もうすぐで夜を連れてくるような深い青色が少しずつ混ざり合うような絶妙な境い目が、そこには描かれていて。


「……綺麗」


 ーー思わず声が漏れた。


「あ、それ? 綺麗だよね。先生も好きなんだよね」

「……これ、先生が撮ったんですか?」

「ううん、それは生徒がくれたの。三好さんと同じ年の子なんだけどね、写真を撮るのが趣味なんだって」


 同じ高校生とは思えないくらいに繊細な風景に見入ってしまう。


「へえ、生徒が……すごいですね」


 それにひきかえ私には、なにもない。

 勇気もなければ、自信もない。

 変わりたいと思っていても行動に移すことができない私。