突然のファーストキス。
 人生最初のキスは、なんだかしょっぱい味がした。だなんて、中学生女子が書くポエムみたいだが、実際にそんな味がした。
 なんだかんだ言って、すっかり俺は浮かれていた。
 単純なもので、やっぱり彼女との最初のキスを終えてしまうと、その後何日もその幸福に浸ることができてしまうのだ。
 何度もその場面は思い出すし、ぼーっと宙を見つめる時間が増えた。
 俺にとって由良とキスしないという宣言は、由良のためを思うものであり、由良を今後もヒトとして扱いたいという未来への誓いでもあった。
 しかしいざ彼女の側からされてしまうと、浮かれる。
 きっと由良は、俺の好意に応えてくれたのだとばかり、俺は思い込んでいた。

 浮かれるあまり、由良にメールを送る回数も増えた。





 だけど、由良からは一通もメールは返ってこなくなった。




 それはあまりにも深く俺を傷つける事態だった。
 時の空白。
 虚無。

 そう、虚しい、という感覚。

 何日か経ってから俺はやっと思い至った。




 由良が俺を利用したということに。





 俺がいくら彼女をヒトとして扱おうとしたって、彼女にとって俺は数あるサンプルの内の一つに過ぎないのだ。多くのサンプルを採取するためには、俺にいつまでも時間を掛けている場合じゃない。

 俺の同情や優しさや哀れみや――恋心なんて無視して、さっさと唾液を採取してあのオッサンどもの所へ持ち運んだのだ。

 だって世界と人類の終わりは、もうすぐそこまで迫っているのだから。
 一刻も早い情報の収集が待たれている。
 由良千景は、そのために存在する。
 人類を救うために。
 俺がどれだけその残酷さを嘆こうとも、憤ろうとも。

***

 こうして俺は、人生で最初で最後の「失恋」を経験した。
 何の意味もない「経験値」だけが上がった。

 もうあと数日で世界は滅びる。
 俺のこの悲しみも憤りも恥も、全ては無となる。
 楽になれる日が近いのだ。

 死ぬというのは、決して嘆くべきことではない。
 現世のあらゆる苦悩や負の感情がクリアになるべき瞬間のことなのだから。



 残された夏休みは、あの日砂浜で見た鯨の死体のように過ごした。

 死体のように過ごし、そのまま本当に死ぬはずだった。

 1本の電話が掛かってくるまでは。



「トータくん、久しぶり」

 それは間違いなく、由良千景の声だった。