これは偽物の胸!
これは偽物の胸……!
どぎまぎしながら採取を待つ俺。
理性を働かせながら、必死に時が流れるのを待つ。
プツッ……と毛が数本抜かれる感触があった。
すると間もなく、“偽物の”胸は俺の視界から遠ざかっていった。
ふう……落ち着いた。
「トータくんは、この世界が終わるってあまり実感してない?」
「……へ? はい?」
急な本名呼びにも気づけないほど、由良の質問は唐突だった。っていうか、こいつの言動は常に唐突すぎるが。
つーか、“世界の終わり”なんてそうそう実感の湧く事態ではないだろ!
「あのね、俺たち人間はそう簡単にこれまで続いていた日常が途切れるなんて想像できねーんだよっ」
「宿題捨てたくせに?」
「うるせーよ。ってか何だよその質問」
ただの軽口のつもり、だった。
本当に彼女の質問の真意など、探るつもりなんてなかったのに――。
「だって、」
由良の返答は、俺の予想を裏切った。
「他の男の子達は、もうこの人類が潰えるって分かってるから、本能のままに色んなことを私に要求してきたよ? 極端な話、犯罪者になって投獄されようが、どうせみんなすぐに死ぬじゃない? だから好き放題ってわけ。トータくんはぜーんぜん、そういうの言わないよね? それは、まだ世界が続くって思ってるってことかなって」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ。それって、めちゃくちゃひどい話の告白だよな?」
背筋が凍るような、いや、そうでありながらめちゃくちゃ虫唾が走る話。
つまり、俺たち人類がもうこの夏滅びると分かっているから、女の子に乱暴する男どもがいる、そして由良も被害者……!?
よほどショックを受けたことだろう。
よほど心に傷を負ったことだろう。
そんな風に由良の横顔を眺めていたのだが。
「んー、でもそれが私の存在する意味だもん」
頭の後ろを、金槌で予告なく殴られたかのようなショック。
そうか。
こいつは、自分が“女の子”だなんてこれっぽっちも思ってはいないのか。
そりゃ、そうだよな。人間ではないのは事実だし……。
若者の免疫情報が手に入れば、それでいいのだ。彼女からすれば。あるいは、彼女を生み出した研究者チームからすれば。
だからこそ、腹が立つ。
俺は……俺だけかもしれないが、由良千景という存在を、女の子として――いや、俺と同じ人間として扱おうと思っているのに、そうでない奴らがいるということ。
ましてや、当の由良千景本人が、自身が人間扱いされない事態をなんとも思っていないことに、腹が立つ!
「お前は! アホだよ! 由良! 人類よりもはるかに優れた頭脳を持っているとしても!」
声が震えている。
あ、泣きそうなんだな、俺。てかもう涙の膜が張ってるし。
さすが豆腐メンタル……ははは。別に、正義を気取っているわけじゃないんだ。単に、心が脆いだけだ。由良には理解できないかもしれないけどさ。
由良には、傷つくだけの心がないのかもしれない。
だから、俺がその分傷ついているのかもな。
人間でなければ、傷つく心もない。豆腐みたいなメンタルだって……。
「よく分からないよ、どうして泣いてるのトータくん?」
「腹が立つからだよ!」
「腹が立っているのに、泣いてるの?」
「人間にはそういうこともあるんです!」
なんかいちいち、もどかしいなぁ……。
腹を立てたり、悲しんだりしているのは、きっと俺だけなんだ。俺一人だけが、感情を大きく揺さぶられているのだ。
由良千景も、由良を生み出した奴らも、由良をいいように利用する男どもも、誰一人として由良のそういう扱われ方に心を痛めてはいない。
まるで人間性を失っていると、俺には思える。
ただの道具だろう? ただの機械だろう? 人間が明確な目的をもって生み出した存在だろう?
そんな風に思っているに違いない。
「俺は、お前にキスしないよ。……お前のことが本当に大事だと思えるから。簡単には手を出さない」
それは本音だった。
ついさっきまではキスしたくて仕方ないただのスケベな高校生だったけどな。
いや、もちろんキス「したくない」わけじゃない。
キス「しない」んだ。
由良のためでもあり、俺の生き様のためでもある。
「トータくん……私にはその感覚はよく分からなくてもどかしいんだけど……でもトータくんが優しいと言うことだけは、よくわかる。トータくんは、私を人間のように扱おうとしてくれてるんだね」
「そーだよ。それが分かってくれたんならじゅうぶ――」
俺の言葉はそこで途切れた。
唇に感じた、柔らかな温かみと、滑らかさ。
鼻に掛かる吐息の熱。
なんだこれ、人間の唇じゃないか――いや、キスをしたことはこれまでにないけどさ。
って、今、キスされてるのか、俺!?
「そんなトータくんが、好きだよ」
人の話を聞けーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!
これは偽物の胸……!
どぎまぎしながら採取を待つ俺。
理性を働かせながら、必死に時が流れるのを待つ。
プツッ……と毛が数本抜かれる感触があった。
すると間もなく、“偽物の”胸は俺の視界から遠ざかっていった。
ふう……落ち着いた。
「トータくんは、この世界が終わるってあまり実感してない?」
「……へ? はい?」
急な本名呼びにも気づけないほど、由良の質問は唐突だった。っていうか、こいつの言動は常に唐突すぎるが。
つーか、“世界の終わり”なんてそうそう実感の湧く事態ではないだろ!
「あのね、俺たち人間はそう簡単にこれまで続いていた日常が途切れるなんて想像できねーんだよっ」
「宿題捨てたくせに?」
「うるせーよ。ってか何だよその質問」
ただの軽口のつもり、だった。
本当に彼女の質問の真意など、探るつもりなんてなかったのに――。
「だって、」
由良の返答は、俺の予想を裏切った。
「他の男の子達は、もうこの人類が潰えるって分かってるから、本能のままに色んなことを私に要求してきたよ? 極端な話、犯罪者になって投獄されようが、どうせみんなすぐに死ぬじゃない? だから好き放題ってわけ。トータくんはぜーんぜん、そういうの言わないよね? それは、まだ世界が続くって思ってるってことかなって」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ。それって、めちゃくちゃひどい話の告白だよな?」
背筋が凍るような、いや、そうでありながらめちゃくちゃ虫唾が走る話。
つまり、俺たち人類がもうこの夏滅びると分かっているから、女の子に乱暴する男どもがいる、そして由良も被害者……!?
よほどショックを受けたことだろう。
よほど心に傷を負ったことだろう。
そんな風に由良の横顔を眺めていたのだが。
「んー、でもそれが私の存在する意味だもん」
頭の後ろを、金槌で予告なく殴られたかのようなショック。
そうか。
こいつは、自分が“女の子”だなんてこれっぽっちも思ってはいないのか。
そりゃ、そうだよな。人間ではないのは事実だし……。
若者の免疫情報が手に入れば、それでいいのだ。彼女からすれば。あるいは、彼女を生み出した研究者チームからすれば。
だからこそ、腹が立つ。
俺は……俺だけかもしれないが、由良千景という存在を、女の子として――いや、俺と同じ人間として扱おうと思っているのに、そうでない奴らがいるということ。
ましてや、当の由良千景本人が、自身が人間扱いされない事態をなんとも思っていないことに、腹が立つ!
「お前は! アホだよ! 由良! 人類よりもはるかに優れた頭脳を持っているとしても!」
声が震えている。
あ、泣きそうなんだな、俺。てかもう涙の膜が張ってるし。
さすが豆腐メンタル……ははは。別に、正義を気取っているわけじゃないんだ。単に、心が脆いだけだ。由良には理解できないかもしれないけどさ。
由良には、傷つくだけの心がないのかもしれない。
だから、俺がその分傷ついているのかもな。
人間でなければ、傷つく心もない。豆腐みたいなメンタルだって……。
「よく分からないよ、どうして泣いてるのトータくん?」
「腹が立つからだよ!」
「腹が立っているのに、泣いてるの?」
「人間にはそういうこともあるんです!」
なんかいちいち、もどかしいなぁ……。
腹を立てたり、悲しんだりしているのは、きっと俺だけなんだ。俺一人だけが、感情を大きく揺さぶられているのだ。
由良千景も、由良を生み出した奴らも、由良をいいように利用する男どもも、誰一人として由良のそういう扱われ方に心を痛めてはいない。
まるで人間性を失っていると、俺には思える。
ただの道具だろう? ただの機械だろう? 人間が明確な目的をもって生み出した存在だろう?
そんな風に思っているに違いない。
「俺は、お前にキスしないよ。……お前のことが本当に大事だと思えるから。簡単には手を出さない」
それは本音だった。
ついさっきまではキスしたくて仕方ないただのスケベな高校生だったけどな。
いや、もちろんキス「したくない」わけじゃない。
キス「しない」んだ。
由良のためでもあり、俺の生き様のためでもある。
「トータくん……私にはその感覚はよく分からなくてもどかしいんだけど……でもトータくんが優しいと言うことだけは、よくわかる。トータくんは、私を人間のように扱おうとしてくれてるんだね」
「そーだよ。それが分かってくれたんならじゅうぶ――」
俺の言葉はそこで途切れた。
唇に感じた、柔らかな温かみと、滑らかさ。
鼻に掛かる吐息の熱。
なんだこれ、人間の唇じゃないか――いや、キスをしたことはこれまでにないけどさ。
って、今、キスされてるのか、俺!?
「そんなトータくんが、好きだよ」
人の話を聞けーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!