さっきから頭がクラクラしっぱなしだ。
由良が――現在の俺の恋人が、まさかアンドロイドで、しかも若者とキスするための存在として生み落とされていただなんて。
「中学からお前と同じ学校だったと思うんだけど、お前の正体知ってる奴ってどれくらいいるわけ?」
「知られてないよ。トーフくんだけの、ヒ・ミ・ツ」
言葉尻にハートが付いてしまいそうな口調で首を傾げられると……やばい、本当にキスしたくなってきたかも。
「な、なんで?」
慌てて目線を外す自分がいかにも“ドーテー”っぽいのは、後から気づいた。
「ほら、海へ行ったときにたまたまシステムに不具合が出たでしょ? 赤羽さんや青羽さんたちにしてもすごく想定外のエラーだったみたい」
「俺が知ってるのはたまたまってわけね」
「ううん、トーフくんは、と・く・べ・つ!」
くそっ。
計算ずくなのは分かっているけれど、可愛いな……!
「じゃあさ、この間の俺の上にのしかかってきたのは何でだ? しかも手にシャーペン持ってただろ?」
てっきり殺されるのかと思った、なんて言えないし……。
あの時はまだ由良が人間ではないことなど知る由もなかったから、心中しようとしているとしか思えなかった。
「あっはははは! シャーペン!?」
由良は目を細め、腹を抱えて大笑いし始めた。
「あれはね、ソータくんの髪の毛を採取しようとしてたんだよ! こっそりね! でもできなかったや。ごめんごめん!」
「まじかよ……」
別に髪の毛の採取を黙ってしようとしていたことに不快感はないが、それを殺す行動だと勘違いした自分が恥ずかしい。
「髪の毛を取るのも、検査?」
「うん。唾液の採取は無理だなって思ったんだー。海デートと言えばキスだけど、そんな雰囲気も残念ながら出なかったし」
「うぐ……っ!」
つ、つらい……。
恥の上塗りとはこのことかもしれない。
キスができない臆病さに、殺されると勘違いした臆病さ。
現在ではこんな言い方はしないが、昔風に言えば「男らしくない」ってところかな。
「でさ、どうして由良は俺たちの学校の生徒なわけ?」
「ん?」
「だって、若者の調査って言っても、日本全国に学校はいくつもあるわけだろ?」
「あ、そういう質問? 由良千景的な存在は、私以外にもいっぱいいるんだよー。あちこちで若者の免疫調査をやってるからね。ちなみに、私の倍ぐらいのサンプルを取った個体もいるって話だよ。すごいよねー」
「……いわゆるビッチってやつか?」
「人間だとそうなるのかも?」
うげ。
その元カレ達に、俺は同情するよ……。
全く、この夏休みときたら厄日……いや、厄夏休み? ともかく厄介な出来事の連続だ。
初めての彼女ができたかと思いきや、そいつはめちゃくちゃな性格で、しかもそもそも人間じゃなく免疫検査のための機械人間で、さらにこれまでエライ数の男どもとキスしてきたって話だからな。
これが俺の人生最後の夏休みに――というか、人生最後の数日になるのか……。
どうせならもっとまともな夏休みにしたかった。
「ねえ、ゲームしようよ!」
そこですくっと由良は立ち上がった。
「は? ゲーム?」
人の感情処理の時間を無視するな! 俺の不快そうな眼差しとは無関係に由良は続ける。
「クレーンゲームだよ! 勝負しよう!」
うんともいやとも言わぬ間に、由良は俺の手首をぎゅっと掴み、さっさとゲーム機の前に連れ出した。思いのほか冷たい手だった。そして細い。
女の子の手って、なんて繊細なんだろう。
たとえ由良が人間ではないと知ってしまった今でも、俺は由良をヒトとして扱いたい。
ヒトとして由良と関わり接し、付き合っていたいと強く思っている。
一度好きと思ったからには、世界が滅びる最後まで、ヒトとヒトとしての仲でいたい。
それは俺のわがままかもしれないが。
だからだろうか。
俺は思った。
由良の手は、女の子の手だと。
由良はそのままぐいぐい俺の返事も聞かずにクレーンゲーム機の前まで引っ張っていった。なかなかの力だ。
目の前にあったのは、昔ながらのぬいぐるみを掴みあげるクレーンゲーム。
何の変哲も工夫もない、ハの字のアームがピコピコと光り、コインを待ち構えていた。
「今からは勝負の時間です! ルールは簡単。もし私が勝ったら、ドータくんの髪の毛を採取させてください」
「今ちょっと俺の名前とドーテーを掛けただろ?」
しかしそれは無視された。
「もしドータ君が勝ったら、私とキスをしてもいいです!」
「上から目線だな!?」
なんて口先では言い返したものの……。
キス!?
か、勝ちたい!!!
と単純に燃え上がっていた。
だって、普通のデートの最中にキスをするにはめちゃくちゃ高いハードルが存在する。
でもこれはゲームであり、ルールだ。
俺はルールに則って、正々堂々、キスをすればいいだけのことなのだ!
この世の思い出に――冥土の土産に、女子とキスくらいさせてくれ。
「わかった。やってやるよ」
はい、出てしまいました。「なんとも思っていないんだぞ」アピール。
しかもそれが由良にバレているのか、聞こえるか聞こえないかくらいの声でくすっと笑われたし!
「じゃあ、3回勝負で多く景品を取れた者勝ちで」
「いいよ、やろう」
だがゲームはそう簡単ではなかった。
古式ゆかしきクレーンゲームの難しさに俺は舌を巻いた。景品がするするとアームから滑り落ちてしまうのだ。バランスを取るのに難儀する。
1回目はぬいぐるみをつかめすらしなかった。
「スマホゲーって実は簡単だったんだな!」
今流行している頭脳系だとかバランス系のスマホゲームのいかに簡単なことかを思い知らされた。
練習を3回って申し出とけば良かった……!
2回目はようやくアームがぬいぐるみの頭部をつかむところまでは辿り着いたものの、数センチ持ち上げただけで落下。
「腕力弱すぎるだろ!」
もう勝負やキスのことなど忘れて俺はクレーンゲームそのものに熱中していた。ただただ単純に、取れないことが悔しい。
3回目も大して変わらず。結果、獲物は0。この時点で引き分けか負けかが決定したのであった。
「ドータ君、弱すぎー!」
「うるせーよ」
由良の奴め。一個も取ってくれるなよ!
……などという祈りが、人工知能相手に届くはずもなかった。
コインを入れた後の由良のハンドル裁きはプロの技だった。ものの数秒で狙いを定め、アームを動かし、着実にぬいぐるみの首の上にアームを下ろした。アームはしっかりぬいぐるみを仕留め、穴へシュート。
「はい、私の勝ちだね~」
「知能が人間レベルじゃないの、忘れてたよ」
普段あんなキャラのくせに、こういうときだけ真価を発揮し出すの、良くないと思います。
「負けました、は?」
「はいはい、負けました」
由良はポケットの中から採取器を取りだした。
何回見てもシャーペンに見えるけど、あの中に俺の毛を保管するわけだ。
「じゃあ、髪の毛採取しますね-」
由良は俺を椅子に座らせ、真正面に立ち、頭頂部を覗き込んだ。その位置関係のせいで、自ずと俺の視界は由良の胸部で占められることになる。
……これってご褒美なの?
「ど、どうぞ……」
いくら平静を装っても隠せない動揺。
これは本物の胸ではないと自分に言い聞かせ……られるか!!
由良が――現在の俺の恋人が、まさかアンドロイドで、しかも若者とキスするための存在として生み落とされていただなんて。
「中学からお前と同じ学校だったと思うんだけど、お前の正体知ってる奴ってどれくらいいるわけ?」
「知られてないよ。トーフくんだけの、ヒ・ミ・ツ」
言葉尻にハートが付いてしまいそうな口調で首を傾げられると……やばい、本当にキスしたくなってきたかも。
「な、なんで?」
慌てて目線を外す自分がいかにも“ドーテー”っぽいのは、後から気づいた。
「ほら、海へ行ったときにたまたまシステムに不具合が出たでしょ? 赤羽さんや青羽さんたちにしてもすごく想定外のエラーだったみたい」
「俺が知ってるのはたまたまってわけね」
「ううん、トーフくんは、と・く・べ・つ!」
くそっ。
計算ずくなのは分かっているけれど、可愛いな……!
「じゃあさ、この間の俺の上にのしかかってきたのは何でだ? しかも手にシャーペン持ってただろ?」
てっきり殺されるのかと思った、なんて言えないし……。
あの時はまだ由良が人間ではないことなど知る由もなかったから、心中しようとしているとしか思えなかった。
「あっはははは! シャーペン!?」
由良は目を細め、腹を抱えて大笑いし始めた。
「あれはね、ソータくんの髪の毛を採取しようとしてたんだよ! こっそりね! でもできなかったや。ごめんごめん!」
「まじかよ……」
別に髪の毛の採取を黙ってしようとしていたことに不快感はないが、それを殺す行動だと勘違いした自分が恥ずかしい。
「髪の毛を取るのも、検査?」
「うん。唾液の採取は無理だなって思ったんだー。海デートと言えばキスだけど、そんな雰囲気も残念ながら出なかったし」
「うぐ……っ!」
つ、つらい……。
恥の上塗りとはこのことかもしれない。
キスができない臆病さに、殺されると勘違いした臆病さ。
現在ではこんな言い方はしないが、昔風に言えば「男らしくない」ってところかな。
「でさ、どうして由良は俺たちの学校の生徒なわけ?」
「ん?」
「だって、若者の調査って言っても、日本全国に学校はいくつもあるわけだろ?」
「あ、そういう質問? 由良千景的な存在は、私以外にもいっぱいいるんだよー。あちこちで若者の免疫調査をやってるからね。ちなみに、私の倍ぐらいのサンプルを取った個体もいるって話だよ。すごいよねー」
「……いわゆるビッチってやつか?」
「人間だとそうなるのかも?」
うげ。
その元カレ達に、俺は同情するよ……。
全く、この夏休みときたら厄日……いや、厄夏休み? ともかく厄介な出来事の連続だ。
初めての彼女ができたかと思いきや、そいつはめちゃくちゃな性格で、しかもそもそも人間じゃなく免疫検査のための機械人間で、さらにこれまでエライ数の男どもとキスしてきたって話だからな。
これが俺の人生最後の夏休みに――というか、人生最後の数日になるのか……。
どうせならもっとまともな夏休みにしたかった。
「ねえ、ゲームしようよ!」
そこですくっと由良は立ち上がった。
「は? ゲーム?」
人の感情処理の時間を無視するな! 俺の不快そうな眼差しとは無関係に由良は続ける。
「クレーンゲームだよ! 勝負しよう!」
うんともいやとも言わぬ間に、由良は俺の手首をぎゅっと掴み、さっさとゲーム機の前に連れ出した。思いのほか冷たい手だった。そして細い。
女の子の手って、なんて繊細なんだろう。
たとえ由良が人間ではないと知ってしまった今でも、俺は由良をヒトとして扱いたい。
ヒトとして由良と関わり接し、付き合っていたいと強く思っている。
一度好きと思ったからには、世界が滅びる最後まで、ヒトとヒトとしての仲でいたい。
それは俺のわがままかもしれないが。
だからだろうか。
俺は思った。
由良の手は、女の子の手だと。
由良はそのままぐいぐい俺の返事も聞かずにクレーンゲーム機の前まで引っ張っていった。なかなかの力だ。
目の前にあったのは、昔ながらのぬいぐるみを掴みあげるクレーンゲーム。
何の変哲も工夫もない、ハの字のアームがピコピコと光り、コインを待ち構えていた。
「今からは勝負の時間です! ルールは簡単。もし私が勝ったら、ドータくんの髪の毛を採取させてください」
「今ちょっと俺の名前とドーテーを掛けただろ?」
しかしそれは無視された。
「もしドータ君が勝ったら、私とキスをしてもいいです!」
「上から目線だな!?」
なんて口先では言い返したものの……。
キス!?
か、勝ちたい!!!
と単純に燃え上がっていた。
だって、普通のデートの最中にキスをするにはめちゃくちゃ高いハードルが存在する。
でもこれはゲームであり、ルールだ。
俺はルールに則って、正々堂々、キスをすればいいだけのことなのだ!
この世の思い出に――冥土の土産に、女子とキスくらいさせてくれ。
「わかった。やってやるよ」
はい、出てしまいました。「なんとも思っていないんだぞ」アピール。
しかもそれが由良にバレているのか、聞こえるか聞こえないかくらいの声でくすっと笑われたし!
「じゃあ、3回勝負で多く景品を取れた者勝ちで」
「いいよ、やろう」
だがゲームはそう簡単ではなかった。
古式ゆかしきクレーンゲームの難しさに俺は舌を巻いた。景品がするするとアームから滑り落ちてしまうのだ。バランスを取るのに難儀する。
1回目はぬいぐるみをつかめすらしなかった。
「スマホゲーって実は簡単だったんだな!」
今流行している頭脳系だとかバランス系のスマホゲームのいかに簡単なことかを思い知らされた。
練習を3回って申し出とけば良かった……!
2回目はようやくアームがぬいぐるみの頭部をつかむところまでは辿り着いたものの、数センチ持ち上げただけで落下。
「腕力弱すぎるだろ!」
もう勝負やキスのことなど忘れて俺はクレーンゲームそのものに熱中していた。ただただ単純に、取れないことが悔しい。
3回目も大して変わらず。結果、獲物は0。この時点で引き分けか負けかが決定したのであった。
「ドータ君、弱すぎー!」
「うるせーよ」
由良の奴め。一個も取ってくれるなよ!
……などという祈りが、人工知能相手に届くはずもなかった。
コインを入れた後の由良のハンドル裁きはプロの技だった。ものの数秒で狙いを定め、アームを動かし、着実にぬいぐるみの首の上にアームを下ろした。アームはしっかりぬいぐるみを仕留め、穴へシュート。
「はい、私の勝ちだね~」
「知能が人間レベルじゃないの、忘れてたよ」
普段あんなキャラのくせに、こういうときだけ真価を発揮し出すの、良くないと思います。
「負けました、は?」
「はいはい、負けました」
由良はポケットの中から採取器を取りだした。
何回見てもシャーペンに見えるけど、あの中に俺の毛を保管するわけだ。
「じゃあ、髪の毛採取しますね-」
由良は俺を椅子に座らせ、真正面に立ち、頭頂部を覗き込んだ。その位置関係のせいで、自ずと俺の視界は由良の胸部で占められることになる。
……これってご褒美なの?
「ど、どうぞ……」
いくら平静を装っても隠せない動揺。
これは本物の胸ではないと自分に言い聞かせ……られるか!!