茫然自失の状態で、家路についた。
全く由良の――自分の彼女の正体に気がつけなかった自分に対する情けなさ。
人形のように持ち上げられ担架に乗せられ連れられて行く由良を見送ることしかできない自分への怒り。
――そんなもの全てを通り越して、もう何も言えない、何も考えられないで、俺は金属の棒になったような足を引きずって、街に戻ることしかできなかった。
その翌日――つまり昨夜、由良から電話があったのは先に言ったとおりだ。
至って普通、至って元気な声をした由良は、俺を数ミリだけもといた世界に戻してくれたようだった。
何だろう、この安心感は。
温かい毛布に包まれたような、疲れて家に帰ってきて手作りのカレーを食べたときのような。
それで、俺はやっと気づいた。
俺はもうとっくに、由良千景に恋をしている。
あのチャーミングな話し方。
突拍子もない思いつき。
何事にも消極的な俺とは180度違う生き物。(いや、人間じゃないようだが。)
俺の狭い世界を、色んな角度から押し広げてくれる彼女がいてくれるお陰で、こんな今だけれども、世界が広がりつつあるのが分かった。
もっともっと、世界を広げてほしい。
もっともっと、違う光景が見たい。
これまでは「世界が滅びる」と言われても「別にいいや」なんてスカしていた。
だけど、由良と付き合うようになって、変わった。
いつまでも・どこまでも、世界が続けばいいのに――そう思えるようになった。
失われる予定の世界を、俺はなんと愛おしく思い始めているのだ。
涙がこぼれ落ちそうになるほどに。
で、今日になって俺たちはなぜだかゲームセンターの休憩所の椅子に二人並んで座っていた。
それもまだ朝の8時だ。学校へ行く時間と大差ない。
24時間営業のゲームセンターがあるなんて俺は知らなかったから、面食らった。
「昨日、一昨日は迷惑掛けちゃったね」
神妙な面持ちで切り出す由良。
ああ、さすがにこいつも申し訳なく思ってるんだな……。
あんなキャラの由良にも一応人間らしいところ残ってたんだな。
――って、いやいや、彼女は人間じゃねーし!
人間じゃないって判明してから人間らしさ出してくるっておかしいだろ。
「……いーよ、気にしてねえから」
由良を慰めるつもりで、強がって見せた。今の俺、ちょっと格好いいかも。
「トーゲくんにはもう知られちゃったよね、私のこと」
「俺は今夜が峠か!?」
「むしろ私が峠かな、なんちゃって!」
「笑えばいいのかどうかわかんねーよ」
急にぼけるなよ!
せっかくのシリアスな雰囲気も台無しじゃないか。
けほん。
咳払いをして、俺は由良に正面から向き合う。
「ちゃんと教えてくれよ、由良。お前のことを」
「……今日はそのつもりできたからね」
そのくせしてどうして待ち合わせがゲーセンなのかよくわからんが。
「――私、人間じゃないの。人間を世界の危機から助けるために生まれたアンドロイド……一応ね」
俺の目を真っ直ぐに見て、由良は冷静な口調で告げた。
あんまりにも口調が冷静すぎたせいか、俺の頭は付いていけない。
……おいおい。
スケールでかすぎね?
いや、確かに今の世の中はアンドロイドだらけだと言ってもいいだろう。
しかし「彼ら」は基本的に「お仕事ロボット」である。
例えば原発作業員として、消防士として、自衛官として――危険を伴う仕事は徐々にアンドロイド達にとって代わられたのが、ここ10年間の動きだった。
だから意外だった。
まさか学生の中にアンドロイドがいるなんて、誰が予期するだろう?
「若い世代の免疫の研究に私は使われていたの」
「それって、どういう風に?」
何気なく聞き返したその質問に対する答えに、俺は気を失いかけるところだった。
なかなか衝撃の答えだった。
だって――。
「……色んな男の子とキスするの」
「……は、はあああああ!?!?!?」
自分でも引くぐらい、心臓がバクバク音を立て、手のひらにじんわり汗が沸いていた。
キスするためのアンドロイドってことかよ?!
由良は心外そうに眉根を寄せた。
「引かないでよ。だって、唾液から免疫を調査するのが手っ取り早いから。もちろん、唾液だけじゃなくて、他にも生活習慣とか行動習慣とか色んな観点から若者の健康状態をチェックするから、変な想像しないでよね?」
「そ、想像してまうやろ!! ってことは、俺と付き合う前から色んな男子とキスしまくってたのか!?」
頭の中はあんな光景やこんな光景でいっぱいである。
ひょっとしてキス以上のことまでしたのか、していないのか。そして俺とはその予定はあるのか……期待と嫉妬と興奮で、うまく由良と顔を合わせられない。
一体これまで何人の“元カレ”たちとキスしてきたというのだろう!
「だから私、美人なの。みんな私に寄ってくるの」
さりげなく付け足されたひと言にはもはや納得してしまう。普通だったらそれ、嫌味だけどな。
「でも、付き合ってから何日も経つのに、俺はまだ――」
キスさせてもらえていない、と言いかけて由良は手で遮った。
「だってトーフくん、なかなかしてこないじゃない」
グサッ。
弓矢が胸に突き刺さるとは、まさにこれ。
度胸の一欠片もない自分がお恥ずかしい。
「もしかしてさ、ドーテーってやつ?」
「うるさい!」
余計なお世話にも程があるだろ!
全く由良の――自分の彼女の正体に気がつけなかった自分に対する情けなさ。
人形のように持ち上げられ担架に乗せられ連れられて行く由良を見送ることしかできない自分への怒り。
――そんなもの全てを通り越して、もう何も言えない、何も考えられないで、俺は金属の棒になったような足を引きずって、街に戻ることしかできなかった。
その翌日――つまり昨夜、由良から電話があったのは先に言ったとおりだ。
至って普通、至って元気な声をした由良は、俺を数ミリだけもといた世界に戻してくれたようだった。
何だろう、この安心感は。
温かい毛布に包まれたような、疲れて家に帰ってきて手作りのカレーを食べたときのような。
それで、俺はやっと気づいた。
俺はもうとっくに、由良千景に恋をしている。
あのチャーミングな話し方。
突拍子もない思いつき。
何事にも消極的な俺とは180度違う生き物。(いや、人間じゃないようだが。)
俺の狭い世界を、色んな角度から押し広げてくれる彼女がいてくれるお陰で、こんな今だけれども、世界が広がりつつあるのが分かった。
もっともっと、世界を広げてほしい。
もっともっと、違う光景が見たい。
これまでは「世界が滅びる」と言われても「別にいいや」なんてスカしていた。
だけど、由良と付き合うようになって、変わった。
いつまでも・どこまでも、世界が続けばいいのに――そう思えるようになった。
失われる予定の世界を、俺はなんと愛おしく思い始めているのだ。
涙がこぼれ落ちそうになるほどに。
で、今日になって俺たちはなぜだかゲームセンターの休憩所の椅子に二人並んで座っていた。
それもまだ朝の8時だ。学校へ行く時間と大差ない。
24時間営業のゲームセンターがあるなんて俺は知らなかったから、面食らった。
「昨日、一昨日は迷惑掛けちゃったね」
神妙な面持ちで切り出す由良。
ああ、さすがにこいつも申し訳なく思ってるんだな……。
あんなキャラの由良にも一応人間らしいところ残ってたんだな。
――って、いやいや、彼女は人間じゃねーし!
人間じゃないって判明してから人間らしさ出してくるっておかしいだろ。
「……いーよ、気にしてねえから」
由良を慰めるつもりで、強がって見せた。今の俺、ちょっと格好いいかも。
「トーゲくんにはもう知られちゃったよね、私のこと」
「俺は今夜が峠か!?」
「むしろ私が峠かな、なんちゃって!」
「笑えばいいのかどうかわかんねーよ」
急にぼけるなよ!
せっかくのシリアスな雰囲気も台無しじゃないか。
けほん。
咳払いをして、俺は由良に正面から向き合う。
「ちゃんと教えてくれよ、由良。お前のことを」
「……今日はそのつもりできたからね」
そのくせしてどうして待ち合わせがゲーセンなのかよくわからんが。
「――私、人間じゃないの。人間を世界の危機から助けるために生まれたアンドロイド……一応ね」
俺の目を真っ直ぐに見て、由良は冷静な口調で告げた。
あんまりにも口調が冷静すぎたせいか、俺の頭は付いていけない。
……おいおい。
スケールでかすぎね?
いや、確かに今の世の中はアンドロイドだらけだと言ってもいいだろう。
しかし「彼ら」は基本的に「お仕事ロボット」である。
例えば原発作業員として、消防士として、自衛官として――危険を伴う仕事は徐々にアンドロイド達にとって代わられたのが、ここ10年間の動きだった。
だから意外だった。
まさか学生の中にアンドロイドがいるなんて、誰が予期するだろう?
「若い世代の免疫の研究に私は使われていたの」
「それって、どういう風に?」
何気なく聞き返したその質問に対する答えに、俺は気を失いかけるところだった。
なかなか衝撃の答えだった。
だって――。
「……色んな男の子とキスするの」
「……は、はあああああ!?!?!?」
自分でも引くぐらい、心臓がバクバク音を立て、手のひらにじんわり汗が沸いていた。
キスするためのアンドロイドってことかよ?!
由良は心外そうに眉根を寄せた。
「引かないでよ。だって、唾液から免疫を調査するのが手っ取り早いから。もちろん、唾液だけじゃなくて、他にも生活習慣とか行動習慣とか色んな観点から若者の健康状態をチェックするから、変な想像しないでよね?」
「そ、想像してまうやろ!! ってことは、俺と付き合う前から色んな男子とキスしまくってたのか!?」
頭の中はあんな光景やこんな光景でいっぱいである。
ひょっとしてキス以上のことまでしたのか、していないのか。そして俺とはその予定はあるのか……期待と嫉妬と興奮で、うまく由良と顔を合わせられない。
一体これまで何人の“元カレ”たちとキスしてきたというのだろう!
「だから私、美人なの。みんな私に寄ってくるの」
さりげなく付け足されたひと言にはもはや納得してしまう。普通だったらそれ、嫌味だけどな。
「でも、付き合ってから何日も経つのに、俺はまだ――」
キスさせてもらえていない、と言いかけて由良は手で遮った。
「だってトーフくん、なかなかしてこないじゃない」
グサッ。
弓矢が胸に突き刺さるとは、まさにこれ。
度胸の一欠片もない自分がお恥ずかしい。
「もしかしてさ、ドーテーってやつ?」
「うるさい!」
余計なお世話にも程があるだろ!