*
あの発作の日から1か月にも満たないうちに、南野灯太くんのみならず、この町の、この国の、この地上のすべての人類が息絶えました。私たちの計算通りです。
この街を闊歩する者たちはすべて私――由良千景の同胞たちです。
今から私たちはこの世界から人類の生きた記録を残しつつ、新たなる世界を築き上げていく役割があります。これまでの役割とは違う、新たな任務です。
どうしてだろう、そこは私にとっては生き易い世界のはずなのに、どういうわけだか乾ききった世界のように思えるのです。
同胞たちに正直な感想を述べてみたのですが、誰一人理解してくれません。それどころか、私を「人間臭のする出来損ない」だと罵るのです。
私は下等なアンドロイドなのでしょうか。
そんな時、私は自分の中に取り込んだトータくんに相談します。
「なあ、由良、俺は今、生きてるのか?」
トータくんはまだこの「生き方」に違和感があるといいます。
「いいじゃん、いつも一緒にいられるんだよ! すーごく幸せなことじゃない?」
「いやぁ……でもずっとお前と一緒っつーのも、うるせーもんだし……」
「もうっツンデレなんだから!」
「それもうとっくに死語じゃね?」
私にとってトータくんは――南野灯太は、その名の通り太い灯でした。南の空から野に降り注ぐ陽光よりも眩しい、灯でした。
私は、愛を知ったのです。他のどの人類が滅びようとも、彼にだけはいなくなってほしくなかった。ずっとずっとそばにいてほしいと願ってしまいました。
掟を、犯しました。
彼の肉体はウイルスに蝕まれ滅びてしまうことは確実です。ならば、南野灯太の意識を私の体内に取り込んでしまえばよいのです。
彼と会えない数日間、私はその準備に取り組んでいました。気取られたくはなかったのです。
我々同胞の意識は、どの「体」に入れても同じです。
私は「女の子」として暮らした10数年間、何度も「体」の交換を行ってきました。
まるで人間の皮膚や頭髪が入れ替わるかのように。それと何の違いがあるでしょう?
要領は心得ていました。いくつかの機密的な問題を乗り越えさえすれば、私と南野灯太は一つになることができる確信がありました。
その作戦は、ギリギリの線で成功しました。
「俺を生き永らえさせようとしてくれたことには感謝するよ、由良」
「でしょ?」
「でもさぁ、これってお前の体がある限り、俺は永遠の命を手に入れたってことなのか?」
「そうだよ! 人類ははるか太古から『永遠の命』や『不老不死』に憧れていたわ。それをトータくんはとうとう手に入れたの! すごいでしょ!?」
「うーん……どうだろう? 永遠は俺にはあまりにも長すぎるんだが」
「もうっ、また照れちゃって!」
「いや、これは照れとかじゃなくて、人間としての精神力についての――」
「いいのいいの!」
私はぴしゃりとトータくんの言葉を遮ります。
「永遠であることは、滅亡よりもずっとずっと、いいことなんだよ!」
『滅亡』を怖がるくせに、同時に『永遠』というものに怖れを抱くなんて、なんて人間は矛盾した生物なんだろう! まったく、脆いんだから!
ねえ、あなたもそう思いませんか?
(完)