「あなたのこと、全然好きでもなんでもないんだけど――っていうか名前も知らないんだけど、とりあえず1ヶ月付き合ってくれる?」
人生で初めて女子から告白されたときのセリフがこれだったら、もう一生忘れられないよねっていう破壊力のセリフで告白されたのは、高校1年生の1学期終業式のことだった。もういい加減名前覚えろよって時期だ。
しかも他のクラスならまだしも、彼女――由良千景(ゆらちかげ)は俺と同じクラスだ。ついでに言えば、この1学期間ずっと斜めの席だった。俺が彼女の左斜め前。黒板見るときに視界に入るだろ!
さらについでに言うと、中学も同じ学校だ。どんだけ影薄いんだ俺。
「やだよ。そんなこと言われて嬉しいわけないじゃん」
「はい、じゃあ明日から私たち彼氏彼女の関係ってことで」
「聞いてた俺の話?」
由良が強引なのは中学の頃から聞いてはいたけれど、ここまで人の言葉を聞かない奴だとは思っていなかった。
見た目はそこそこなんだが、目には有無を言わせない鋭さがある。だから全体としてあまり「かわいい」という印象を抱けない外見だ。どちらかといえば「ミステリアス」とか「人形みたい」とかそっち系の言葉の方が似合う。
その両局面のせいか、俺はそれ以上抵抗することができず、流される形になってしまった。
「っていうか、なんで1ヶ月なんだよ?」
「それはまだ秘密」
「えええ……じゃあ、どうして大して知りもしないのに、俺に告白してきたわけ?」
「うーん……直感、かな!」
全く釈然としない説明である。
別れ際、彼女はこう尋ねた。
「で、あなたの名前、教えてくれない?」
というわけで俺、南野灯太(みなみのとうた)と由良千景はカップルになった。
――人類最後の夏休みに。
***
今年の夏、地球は滅びる。
そんな風に言われたら、あなたはどう思うだろうか?
ありえない?
冗談でしょ?
何かの宗教勧誘?
怪しいマルチ商法?
まあ、気持ちは分かる。俺だって最初はそう思った。
でも徐々にそれがうそじゃないってことは、みんなが知るところとなった。
俺たち人類は、この夏で滅びてしまうかもしれない。高確率で……。
科学的に証明される数値の数々。
メディアで顔を出す専門家の言葉の数々。
SNSで流れる噂。
情報の渦に呑み込まれた人類は、時に嘆き、時に互いを罵り合い、時に自ら命を絶った。
混乱と混迷を極めた人類は、一周して何事もなかったかのような日常を取り戻そうと躍起になった。
もうすぐそこにまで、死の影は迫り来ていると言うのに、政治家達は日常を、政治を、経済を「元通り」に引き戻す施策に舵を切った。そこに何の意味があるのか、俺にはわからない。それが「国民に安心を」というスローガンの元に行われていると耳にしたとしても。
学校側も「生徒に安心を」というスローガンのもと、ガッツリ夏休みの宿題を渡してきやがった。問題集がどんと3冊。絶対これやる意味ねーだろ。
宿題すべて、もらったその日に駅前のゴミ箱に捨ててやった。
由良千景が俺に告白したのも、そんな折りのことだったのだ。
きっと彼女は、人生最後の思い出――「彼氏作り」をてっ取り早くその辺に転がっている同級生で済ませたいのだな、とその日の夜ぼんやり考えた。
今さら告白を断るという手もあったのだが。
「ま、付き合うのも悪くないよな……」
ベッドに寝転び天井を見上げて呟く。
彼女ができたという高揚感はなかった。
「俺にもメリットはあるよな……」
俺だって死ぬまでに彼女を作りたいという願望ぐらいある。
まさかそれが由良みたいな女子だとは思わなかったが、棚からぼた餅みたいな形でその夢が叶ったんだ。よしとしようじゃないか。
この儚い人生のひとつの思い出くらいにはなりそうだ。
――そんな打算が働いたのは由良には内緒だ。
***
「コータくーん、一緒にファミレスで宿題やろー!!」
翌日AM7時。
めちゃくちゃテンション高くアプリの通話機能で由良が電話してきた。こっちはまだ寝ていたところを、たたき起こされた形だ。
「コータって誰だよ!?」
「コータくんじゃないの?」
「ト・ウ・タ!」
「ごめんごめーん。でも昨日名前覚えた割には上出来でしょ?」
「なにそのポジティブすぎる思考法」
「トウタくん、宿題しよーよ!」
「宿題なんざ昨日ゴミ箱に捨てたわ!」
「うそー。新学期に先生に怒られちゃうよ?」
「新学期なんてこないから平気」
「ま、どっちでもいいから8時にファミレス来てねー!」
「ちょ、おま」
プチッと電話は切れた。
これでも彼氏なわけだし、と思い、自転車置き場からチャリを引っ張り出して指定されたファミレスへ向かう。
通りすがりの商店は軒並み廃業していて、廃棄された冷蔵庫だの商品棚だのと言った資材が一箇所に山積みされている。いくら政治家が「国民に安心を」なんて口先で叫んでいたって、町中ではこのありさまだ。
「コータくーん、こっちこっち!」
「だから灯太やっちゅうねん」
ファミレスは思いのほか混んでいた。誰が好き好んで朝っぱらからファミレスへ行くのだろう?
思わず関西弁でつっこんだ俺の言葉は人混みに吸収された。
「じゃじゃーん! 知らなかったでしょ? 今日このレストランね、『人類最後の夏休みキャンペーン』の初日なんだ! 全品100円均一!」
「採算とれんのかよ……ってか絶望的なネーミングのキャンペーンだな」
「何でも頼み放題だよ! どんどん注文しよう」
「頼み放題つってもなあ」
半信半疑でメニューを開くが本当に全品100円だった。クレイジーだ。俺は「セミの唐揚げ」と「コオロギの掻き上げ定食」を注文した。味噌汁の具は相変わらずタンポポだという。
こういうメニュー、親父や母親なら絶対注文しないだろう。グロいとかなんとか言って。
でも俺たち若者で気にするやつなんかいない。昆虫食は健康的で経済的だ。
「灯太くんはセミとコオロギが好きなんだね! 私は蝶のフライにしちゃった。だじゃれが好きなんだ-」
「親父ギャグじゃん」
バタフライってか。
まあそういうセンスは嫌いではない。
しばらくするとポチが俺の注文した料理を全部まとめてサーブしてくれた。ポチは、配膳ロボットの愛称だ。犬の名前としてかつて人気だったポチがなぜか愛称になっている。確かに形は犬っぽい。
「俺は食うからお前は勉強してろ」
厳密に言えば俺は宿題を持っていないのだから宿題のしようもないのだが。
「えー! 勉強を教えてもらおうと思ったのにな」
「自分の力でやんなさい」
パリパリと昆虫食を食い始める。
俺たち世代からすれば牛や豚を殺して食べる方がよほど残酷だと思う。
「じゃあ、まず1問目! 15年前に国内で施行された法律として正しいものを次の中から選びなさい!」
「だから自分でやれよ」
しかし由良は勝手に1から4まで選択肢を並べだしたうえ、カウントまで始めた。
――こいつ、見た目は美形なのにしゃべったらもう全然ダメな子だ。黙っていればきれいなのに。人間として何かがエラく欠落してやがる。
「3,2,1……はいブッブー! 時間切れ。正解は4の『虚構制作禁止法』でしたー! 嘘である映画や小説、漫画、ゲームなどの一切の新規制作を禁じた法律です。これらは人の心を惑わす有害で悪質な嘘なので制作してはなりません。実際、過去にはこうした嘘を鑑賞したことで涙を流したり現実逃避的になった人々が多く現われました」
由良は嬉しそうに正解を解説してみせた。
俺は思わず食事の手を止めて、ため息をついた。
俺たちは幼児のころから、嘘は悪い物だと教えられて育った。目にするもの耳にするもののすべてが「本当」でなければならない、そういう社会を作りましょう。嘘をついた人には厳しい罰を与えましょう――。
「じゃあ、第2問です!」
「……とりあえず静かに食事させてくれない?」
こんなおかしな世界で誰が静かに飯を食える?
たとえそれが、大人達が嫌がる昆虫食だったとしても。
このときまだ俺は深くは考えていなかった。
由良が俺と付き合うとか言い出した理由について。
人生で初めて女子から告白されたときのセリフがこれだったら、もう一生忘れられないよねっていう破壊力のセリフで告白されたのは、高校1年生の1学期終業式のことだった。もういい加減名前覚えろよって時期だ。
しかも他のクラスならまだしも、彼女――由良千景(ゆらちかげ)は俺と同じクラスだ。ついでに言えば、この1学期間ずっと斜めの席だった。俺が彼女の左斜め前。黒板見るときに視界に入るだろ!
さらについでに言うと、中学も同じ学校だ。どんだけ影薄いんだ俺。
「やだよ。そんなこと言われて嬉しいわけないじゃん」
「はい、じゃあ明日から私たち彼氏彼女の関係ってことで」
「聞いてた俺の話?」
由良が強引なのは中学の頃から聞いてはいたけれど、ここまで人の言葉を聞かない奴だとは思っていなかった。
見た目はそこそこなんだが、目には有無を言わせない鋭さがある。だから全体としてあまり「かわいい」という印象を抱けない外見だ。どちらかといえば「ミステリアス」とか「人形みたい」とかそっち系の言葉の方が似合う。
その両局面のせいか、俺はそれ以上抵抗することができず、流される形になってしまった。
「っていうか、なんで1ヶ月なんだよ?」
「それはまだ秘密」
「えええ……じゃあ、どうして大して知りもしないのに、俺に告白してきたわけ?」
「うーん……直感、かな!」
全く釈然としない説明である。
別れ際、彼女はこう尋ねた。
「で、あなたの名前、教えてくれない?」
というわけで俺、南野灯太(みなみのとうた)と由良千景はカップルになった。
――人類最後の夏休みに。
***
今年の夏、地球は滅びる。
そんな風に言われたら、あなたはどう思うだろうか?
ありえない?
冗談でしょ?
何かの宗教勧誘?
怪しいマルチ商法?
まあ、気持ちは分かる。俺だって最初はそう思った。
でも徐々にそれがうそじゃないってことは、みんなが知るところとなった。
俺たち人類は、この夏で滅びてしまうかもしれない。高確率で……。
科学的に証明される数値の数々。
メディアで顔を出す専門家の言葉の数々。
SNSで流れる噂。
情報の渦に呑み込まれた人類は、時に嘆き、時に互いを罵り合い、時に自ら命を絶った。
混乱と混迷を極めた人類は、一周して何事もなかったかのような日常を取り戻そうと躍起になった。
もうすぐそこにまで、死の影は迫り来ていると言うのに、政治家達は日常を、政治を、経済を「元通り」に引き戻す施策に舵を切った。そこに何の意味があるのか、俺にはわからない。それが「国民に安心を」というスローガンの元に行われていると耳にしたとしても。
学校側も「生徒に安心を」というスローガンのもと、ガッツリ夏休みの宿題を渡してきやがった。問題集がどんと3冊。絶対これやる意味ねーだろ。
宿題すべて、もらったその日に駅前のゴミ箱に捨ててやった。
由良千景が俺に告白したのも、そんな折りのことだったのだ。
きっと彼女は、人生最後の思い出――「彼氏作り」をてっ取り早くその辺に転がっている同級生で済ませたいのだな、とその日の夜ぼんやり考えた。
今さら告白を断るという手もあったのだが。
「ま、付き合うのも悪くないよな……」
ベッドに寝転び天井を見上げて呟く。
彼女ができたという高揚感はなかった。
「俺にもメリットはあるよな……」
俺だって死ぬまでに彼女を作りたいという願望ぐらいある。
まさかそれが由良みたいな女子だとは思わなかったが、棚からぼた餅みたいな形でその夢が叶ったんだ。よしとしようじゃないか。
この儚い人生のひとつの思い出くらいにはなりそうだ。
――そんな打算が働いたのは由良には内緒だ。
***
「コータくーん、一緒にファミレスで宿題やろー!!」
翌日AM7時。
めちゃくちゃテンション高くアプリの通話機能で由良が電話してきた。こっちはまだ寝ていたところを、たたき起こされた形だ。
「コータって誰だよ!?」
「コータくんじゃないの?」
「ト・ウ・タ!」
「ごめんごめーん。でも昨日名前覚えた割には上出来でしょ?」
「なにそのポジティブすぎる思考法」
「トウタくん、宿題しよーよ!」
「宿題なんざ昨日ゴミ箱に捨てたわ!」
「うそー。新学期に先生に怒られちゃうよ?」
「新学期なんてこないから平気」
「ま、どっちでもいいから8時にファミレス来てねー!」
「ちょ、おま」
プチッと電話は切れた。
これでも彼氏なわけだし、と思い、自転車置き場からチャリを引っ張り出して指定されたファミレスへ向かう。
通りすがりの商店は軒並み廃業していて、廃棄された冷蔵庫だの商品棚だのと言った資材が一箇所に山積みされている。いくら政治家が「国民に安心を」なんて口先で叫んでいたって、町中ではこのありさまだ。
「コータくーん、こっちこっち!」
「だから灯太やっちゅうねん」
ファミレスは思いのほか混んでいた。誰が好き好んで朝っぱらからファミレスへ行くのだろう?
思わず関西弁でつっこんだ俺の言葉は人混みに吸収された。
「じゃじゃーん! 知らなかったでしょ? 今日このレストランね、『人類最後の夏休みキャンペーン』の初日なんだ! 全品100円均一!」
「採算とれんのかよ……ってか絶望的なネーミングのキャンペーンだな」
「何でも頼み放題だよ! どんどん注文しよう」
「頼み放題つってもなあ」
半信半疑でメニューを開くが本当に全品100円だった。クレイジーだ。俺は「セミの唐揚げ」と「コオロギの掻き上げ定食」を注文した。味噌汁の具は相変わらずタンポポだという。
こういうメニュー、親父や母親なら絶対注文しないだろう。グロいとかなんとか言って。
でも俺たち若者で気にするやつなんかいない。昆虫食は健康的で経済的だ。
「灯太くんはセミとコオロギが好きなんだね! 私は蝶のフライにしちゃった。だじゃれが好きなんだ-」
「親父ギャグじゃん」
バタフライってか。
まあそういうセンスは嫌いではない。
しばらくするとポチが俺の注文した料理を全部まとめてサーブしてくれた。ポチは、配膳ロボットの愛称だ。犬の名前としてかつて人気だったポチがなぜか愛称になっている。確かに形は犬っぽい。
「俺は食うからお前は勉強してろ」
厳密に言えば俺は宿題を持っていないのだから宿題のしようもないのだが。
「えー! 勉強を教えてもらおうと思ったのにな」
「自分の力でやんなさい」
パリパリと昆虫食を食い始める。
俺たち世代からすれば牛や豚を殺して食べる方がよほど残酷だと思う。
「じゃあ、まず1問目! 15年前に国内で施行された法律として正しいものを次の中から選びなさい!」
「だから自分でやれよ」
しかし由良は勝手に1から4まで選択肢を並べだしたうえ、カウントまで始めた。
――こいつ、見た目は美形なのにしゃべったらもう全然ダメな子だ。黙っていればきれいなのに。人間として何かがエラく欠落してやがる。
「3,2,1……はいブッブー! 時間切れ。正解は4の『虚構制作禁止法』でしたー! 嘘である映画や小説、漫画、ゲームなどの一切の新規制作を禁じた法律です。これらは人の心を惑わす有害で悪質な嘘なので制作してはなりません。実際、過去にはこうした嘘を鑑賞したことで涙を流したり現実逃避的になった人々が多く現われました」
由良は嬉しそうに正解を解説してみせた。
俺は思わず食事の手を止めて、ため息をついた。
俺たちは幼児のころから、嘘は悪い物だと教えられて育った。目にするもの耳にするもののすべてが「本当」でなければならない、そういう社会を作りましょう。嘘をついた人には厳しい罰を与えましょう――。
「じゃあ、第2問です!」
「……とりあえず静かに食事させてくれない?」
こんなおかしな世界で誰が静かに飯を食える?
たとえそれが、大人達が嫌がる昆虫食だったとしても。
このときまだ俺は深くは考えていなかった。
由良が俺と付き合うとか言い出した理由について。