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 完成した物語を見返しながら、僕はやっぱり、オクさんたちと過ごした時間から高校生活への自信が持てたんだと思った。

 約二万文字の短編だけど、一週間の時間をこれだけの文字数で書けたのは、やはり薄っぺらいただ出来事を写すような感じで書いたのではなく、ちゃんと感情を、伝えたいことを書けたからだろうか。

 この日から、たくさんのことを知った。人との距離感を考えて、まずは相手に不快な思いをさせないように生きてきた。

 誰に対しても寄り添えるように、誰かが困っていると助けることが出来るように。

 これが、僕の選んだ道だとあの青春を盾にして、生きていれば──自然とよく話すクラスメイトが出来て、友達が出来て、楽しい日々を送ってきた。

 ──この青春には意味がある。

 あの日感じたことは、間違ってなかった。あの青春には、本当に助けられた。

 以前はあの日なんてなければ良い日々を送れていたと思っていたけど、もし、あの日がなくてアイツともめなければ僕は輪のなかで何かをするには協調性が必要だということを知ることはなかった。

 もし、あの日がなくてあの子を傷つけて傷つけられなければ僕は人との距離感を考えることはおろか、そんなものを見ずにプライベートスペースにずけずけとすぐに入っていただろう。

 たくさんの涙を流したあの日々。

 野球部で体力もついた。協調性も学んだ。自分とは合わない人がいて、その人といかにもめずに一緒にいることがどれだけ難しいかを知った。

 大人になれば、必ず会わない人はでてくる。

 もちろん、高校一年生のときだって密接な関係はないものの、意見の食い違いがでる人はいた。

 でも、自分の意見は折らずに相手の意見を尊重し、話し合った。

 それで、全ては丸く収まった。

 僕はあの日、言葉ではなく、実力で変えようとしていた。部活動の上下関係を壊すことを夢見ていた。

 でも、あの日、言葉を上手く使えていたら──いいや、もう、あの日々にあった「はず」のことを考えるのはやめよう。

 僕は想像を切り裂くようにスマホの画面を閉じた。

 今までは「もしも」のことをずっと考えていた。

 でも、もしもなんて、過去に戻れないから、意味がない。

 だから、僕は、あの日じゃなくて明日を見ることにした。

 人は昨日から作られる。昨日から学んで今日を知って、明日に備える。

 オクさんがあの日言っていた言葉を何度も思い返しながらこの言葉を胸のなかで繰り返す。

 大丈夫、大丈夫。それは誰にだって後悔はあるという魔法の言葉。

「……過去は幸せになるための貯金、だから」

 ふと、机の上に置いていたカレンダーが目に入った。4月8日の欄には赤文字で「始業式」と書かれていた。

 明日から、また新しい日常が始まる。

 一年生のときとは違う新しい生活、新しい友人、新しいクラスメイト。

 きっと、また変化に翻弄(ほんろう)される日々が続くだろう。

 でも、それを恐れない。変化は新しい自分との出会い。

 傷だらけの青春を研磨出来るかもしれないチャンス。

 少し感傷的になって、外の空気を吸うために窓を開ける。

 一面ダークブルーの夜空には、大阪では見えにくい星々と満月が地上の光源に負けじと光り、暖かな春風が夜桜と共に運んできた。

 新しい春の訪れを、後悔を希望に変えて。

 《了》