──
朝ご飯を食べ終えた僕は、自室に戻って服を着替えたあと、オクさんからの連絡を待った。
その間、中学校三年生の前半までは漫画スペースで現在は小説専用となっている本棚から一冊の小説を抜き出して、読む。
読書はいつだって勇気や驚きや尊さを教えてくれる。
そして、いつの間にか自分も書いてみようと思って、書き始めたのがちょうどその年の夏頃。本当なら受験勉強をもっとしておかなければいけないけど、寝る間も削って執筆をしていたな……。
本当に人生どこで何が起こるか分からない。明日の保証なんてない。あの日の前日部活帰りでへとへとになっている僕は明日、人生が激変する出来事が起きることを知らないし、あの日の朝、僕はストーカーと言われることをしていたなんてことはきっと分からないだろう。
そして、今も。これから、自分の無意識な言動から何気ないやり取りが、明日の自分にとって損益になるか分からない。
これまでの僕なら、世界はもっと単純であったなら誰も傷つけなかったと傷つけたことを盾にして言い訳をしていただろう。
でも、今の僕はそうは思わない。
人は、いつか必ずしも誰かを傷つけ、傷つけられる瞬間があって、それを受け止め、咀嚼して、吸収して次の出会いに備える。
それがあるから人は生きていると感じるのだと思っている。
でも、無理に受け止めろとは思わない。心が壊れてしまうし、傷ついてしまうから。傷はいずれ時間が経てば塞がるが、一度、壊れてしまったものは治すことが出来ない。治せたとしても、それは本心ではないだろうから。
もし、僕があのまま心が壊れてしまっていたら、今頃こうして言葉を紡ぐことはなかっただろう。
アイツやあの子には悪いけど、今の僕はあの日のことがあってよかったと思っている。
もし、あの日がなければ今頃また誰かを傷つけていただろう。高校生活一年目ははとても友人に恵まれているが、もしかしたら、こんなにも楽しい時間を過ごすことが出来なかったかもしれない。
そう思うとやはり、あの日はなければいけないものだったと今は思う。辛かった時間を乗り越えて夢見がちだった僕はようやく覚めることができたから。
これで、よかったんだと今ならそう思える。
小説を読みながら、そんなことを考えていたとき、机の上にあったスマホが好きなバンドの曲のサビと共に鳴った。──つまり、誰かから電話が来たのだ。その相手は僕の想像通りオクさんで、別に社会人のマナー等は気にしてはないが、しっかりと三コール目ででた。
『おいーっす。おはよーさん!』
昨日と変わらないテンションで電話をかけたオクさんに今から行くとのことを伝えた。
「……とりあえず、今日は師匠に勉強を教えようと思っているんだけど、大丈夫かな?」
『おっ。悠真先生の授業が始まるのか。楽しみだぜ』
「……いやいや、たぶん答えれないところもあると思うからオクさんも見てほしいってことを遠回しに言ったんだけど。話聞いてる?」
『わりぃわりぃ。ネタだって』
「……もー、昨日の僕のまねして! やめろやめろ」
オクさんにいじられるの久しぶりだった。でも嫌にならない程度にいじりも混ぜてくるのがこのオクさんという人物だった。
『んじゃ、また昼頃な。あ、別にお菓子持ってこなくていいからな』
そう言われ、僕はお菓子を今日は買わずに家からでて、自転車でオクさんの家に直行した。
その道中の十字路で僕は二人揃って仲良く歩いていた師匠とだんちょーを見かけた。
声をかけようかと迷っていると、師匠は何やら僕を指さして、だんちょーと話し合っていた。
謎の話し合いを見ていると突然、ぽんと誰かの手がおかれた。
ビックリして言葉の前に振り向くと、そこには奏人がいた。
彼は、笑顔を見せているはずなのに、目が笑っていなかった。
「よぉ、悠真」
どこぞのガキ大将のように挨拶をする奏人。
僕は、恐怖のあまり一度、逃げた。
僕は元野球部だ。二年のブランクはあるとはいえ、帰宅部の奏人の足では追い付けまい──そう思っていた僕は数分後には奏人に引きずり回されるのだから、見事に憐れで泣けてくる。
一度、一緒に電車を見に行ったことがあるけどそんなので分かるわけないでしょ。自分の好きな列車に乗るために全速力で走ることがあるから足を鍛えてるなんて。
奏人に引きずられていると、だんちょーと師匠が笑いながらこちらに来るのが分かった。
「うっはっはっは! どうしたんあんたっ! 速水から必死で逃げたと思ったらすぐに捕まって。逃走でもしてたんかっ?」
だとしたら奏人は最強のハンターだろう。僕は奏人の怒りという賞金を手にいれることになるが。……そんなもの絶対いらないよ。
「それにしても、奏人、高野君をものみたいに引きずるのはよくないと思うよ。キャリーバックじゃないんだからさ。可哀想だよ」
だんちょーの優しさがとてもボロボロの体に染みる。そうだそうだ、僕はキャリーバックじゃないんだ。
「ふん、そうかよ。優莉がそう言うならしゃーねーな。ほら悠真、立てるか?」
しぶしぶといった形で僕を起こす奏人。相変わらず彼女には甘い。
だんちょーの名前をだせば、何でもしてくれそうだと僕は奏人の操り方をこの会話のなかで学んだ。だけど、この操り方は奏人に「優莉の名前出せば何でもすると思ってるだろこのクソが」とキレられ、今後一切使うことはなかった。だんちょーが口悪いの絶対こいつの影響だ、と思った。
「とりあえず、オクの家行こう!」
師匠の言葉に奏人、だんちょーその後ろに僕がついていくといういつも通りの形で雑談を交わしながら、オクさんの家へと向かった。
「よ、遅かったな。まさか皆で来てるとは」
約束していた時間より遅くなったのは僕と奏人との一件にあるだろうと思いながら、今日もオクさんの家でおじゃますることになった。
昨日と同じようにパーティーゲームをして大いに盛り上がったり、オクさんが用意していた大量のお菓子を食べながら、勉強をしたりしていた。
僕はやっぱり師匠に教えることになり、春休みの間、ほとんど勉強をしていなかった頭を活性化させるのにちょうどよかった。
「……それで、昔はこしょうや香辛料は貴重品だったんだ」
「……国語は基本的に文章に答え書いてるからちゃんと読んでよ。長いかもしれないけとさ」
「……ここの文法はmayを文頭にするんだ。なぜなら──」
歴史、国語、英語という文系科目は僕の得意分野だ。だから、楽々と問題を解いていたのだけど。
「……うーん、僕、理系じゃないからなぁ。オクさん、ごめんこの問題やってくれない?」
数学や理科は僕が忘れているのもあってか中々解けない問題が多かった。
「おうよ。どれどれ。あー、美秋これはな──」
僕も側でオクさんの解説を聞いて、内容を理解しながら、所々を思い出して、師匠に補足の説明をしたりとお互いを補いながら解説を進めた。
一方、だんちょーと奏人は二人で甘いオーラをばらまきながら、勉強を教えあっていた。それを横目で見ながら思い出すのは元カノのこと。
彼女はもう、中学校三年生だ。二年生のときはクラスに馴染めなかったらしいが、大丈夫なんだろうかと少し心配になった。そして、僕と仲良くしてくれている犬系の後輩も気にかける。
──もし、彼女との関係を選んでいれば、あの子は傷つかなかったのだろうか。
……きっとそうは思わないだろう。人が代わったところで、あの頃の僕は距離感を考えていなかったのだから。
きっと、元カノを傷つけていた。
誰かを好きになることが傷つけるんじゃない。間違った距離感が誰かを傷つけるんだ。
──なら、僕のあの日の誓いは? 傷つけないために恋をすることを諦めたのは、いったい何の意味があるのだろうか。
僕はただ──
「──おい、ぼさっとするな、悠真!」
「…………あっ、あぁ。ごめんちょっと考えごとしていた」
オクさんに呼ばれていることに気が付かず、僕は少し反応に遅れてしまった。
「しっかりしてくれよ? わりぃ、悠真さっそくだけど美秋にここの問題教えてやってくれ」
理解してしまった考えを打ち消すように僕は努めて、問題を見るようにした。
しかし、その文章題の問題が「人はなぜ恋をするのか」という文章でその考えは頭のなかにこびりついて離れなかった。
──僕はただ恋に傷つくことを恐れて逃げているだけ、なんて信じたくもない。
朝ご飯を食べ終えた僕は、自室に戻って服を着替えたあと、オクさんからの連絡を待った。
その間、中学校三年生の前半までは漫画スペースで現在は小説専用となっている本棚から一冊の小説を抜き出して、読む。
読書はいつだって勇気や驚きや尊さを教えてくれる。
そして、いつの間にか自分も書いてみようと思って、書き始めたのがちょうどその年の夏頃。本当なら受験勉強をもっとしておかなければいけないけど、寝る間も削って執筆をしていたな……。
本当に人生どこで何が起こるか分からない。明日の保証なんてない。あの日の前日部活帰りでへとへとになっている僕は明日、人生が激変する出来事が起きることを知らないし、あの日の朝、僕はストーカーと言われることをしていたなんてことはきっと分からないだろう。
そして、今も。これから、自分の無意識な言動から何気ないやり取りが、明日の自分にとって損益になるか分からない。
これまでの僕なら、世界はもっと単純であったなら誰も傷つけなかったと傷つけたことを盾にして言い訳をしていただろう。
でも、今の僕はそうは思わない。
人は、いつか必ずしも誰かを傷つけ、傷つけられる瞬間があって、それを受け止め、咀嚼して、吸収して次の出会いに備える。
それがあるから人は生きていると感じるのだと思っている。
でも、無理に受け止めろとは思わない。心が壊れてしまうし、傷ついてしまうから。傷はいずれ時間が経てば塞がるが、一度、壊れてしまったものは治すことが出来ない。治せたとしても、それは本心ではないだろうから。
もし、僕があのまま心が壊れてしまっていたら、今頃こうして言葉を紡ぐことはなかっただろう。
アイツやあの子には悪いけど、今の僕はあの日のことがあってよかったと思っている。
もし、あの日がなければ今頃また誰かを傷つけていただろう。高校生活一年目ははとても友人に恵まれているが、もしかしたら、こんなにも楽しい時間を過ごすことが出来なかったかもしれない。
そう思うとやはり、あの日はなければいけないものだったと今は思う。辛かった時間を乗り越えて夢見がちだった僕はようやく覚めることができたから。
これで、よかったんだと今ならそう思える。
小説を読みながら、そんなことを考えていたとき、机の上にあったスマホが好きなバンドの曲のサビと共に鳴った。──つまり、誰かから電話が来たのだ。その相手は僕の想像通りオクさんで、別に社会人のマナー等は気にしてはないが、しっかりと三コール目ででた。
『おいーっす。おはよーさん!』
昨日と変わらないテンションで電話をかけたオクさんに今から行くとのことを伝えた。
「……とりあえず、今日は師匠に勉強を教えようと思っているんだけど、大丈夫かな?」
『おっ。悠真先生の授業が始まるのか。楽しみだぜ』
「……いやいや、たぶん答えれないところもあると思うからオクさんも見てほしいってことを遠回しに言ったんだけど。話聞いてる?」
『わりぃわりぃ。ネタだって』
「……もー、昨日の僕のまねして! やめろやめろ」
オクさんにいじられるの久しぶりだった。でも嫌にならない程度にいじりも混ぜてくるのがこのオクさんという人物だった。
『んじゃ、また昼頃な。あ、別にお菓子持ってこなくていいからな』
そう言われ、僕はお菓子を今日は買わずに家からでて、自転車でオクさんの家に直行した。
その道中の十字路で僕は二人揃って仲良く歩いていた師匠とだんちょーを見かけた。
声をかけようかと迷っていると、師匠は何やら僕を指さして、だんちょーと話し合っていた。
謎の話し合いを見ていると突然、ぽんと誰かの手がおかれた。
ビックリして言葉の前に振り向くと、そこには奏人がいた。
彼は、笑顔を見せているはずなのに、目が笑っていなかった。
「よぉ、悠真」
どこぞのガキ大将のように挨拶をする奏人。
僕は、恐怖のあまり一度、逃げた。
僕は元野球部だ。二年のブランクはあるとはいえ、帰宅部の奏人の足では追い付けまい──そう思っていた僕は数分後には奏人に引きずり回されるのだから、見事に憐れで泣けてくる。
一度、一緒に電車を見に行ったことがあるけどそんなので分かるわけないでしょ。自分の好きな列車に乗るために全速力で走ることがあるから足を鍛えてるなんて。
奏人に引きずられていると、だんちょーと師匠が笑いながらこちらに来るのが分かった。
「うっはっはっは! どうしたんあんたっ! 速水から必死で逃げたと思ったらすぐに捕まって。逃走でもしてたんかっ?」
だとしたら奏人は最強のハンターだろう。僕は奏人の怒りという賞金を手にいれることになるが。……そんなもの絶対いらないよ。
「それにしても、奏人、高野君をものみたいに引きずるのはよくないと思うよ。キャリーバックじゃないんだからさ。可哀想だよ」
だんちょーの優しさがとてもボロボロの体に染みる。そうだそうだ、僕はキャリーバックじゃないんだ。
「ふん、そうかよ。優莉がそう言うならしゃーねーな。ほら悠真、立てるか?」
しぶしぶといった形で僕を起こす奏人。相変わらず彼女には甘い。
だんちょーの名前をだせば、何でもしてくれそうだと僕は奏人の操り方をこの会話のなかで学んだ。だけど、この操り方は奏人に「優莉の名前出せば何でもすると思ってるだろこのクソが」とキレられ、今後一切使うことはなかった。だんちょーが口悪いの絶対こいつの影響だ、と思った。
「とりあえず、オクの家行こう!」
師匠の言葉に奏人、だんちょーその後ろに僕がついていくといういつも通りの形で雑談を交わしながら、オクさんの家へと向かった。
「よ、遅かったな。まさか皆で来てるとは」
約束していた時間より遅くなったのは僕と奏人との一件にあるだろうと思いながら、今日もオクさんの家でおじゃますることになった。
昨日と同じようにパーティーゲームをして大いに盛り上がったり、オクさんが用意していた大量のお菓子を食べながら、勉強をしたりしていた。
僕はやっぱり師匠に教えることになり、春休みの間、ほとんど勉強をしていなかった頭を活性化させるのにちょうどよかった。
「……それで、昔はこしょうや香辛料は貴重品だったんだ」
「……国語は基本的に文章に答え書いてるからちゃんと読んでよ。長いかもしれないけとさ」
「……ここの文法はmayを文頭にするんだ。なぜなら──」
歴史、国語、英語という文系科目は僕の得意分野だ。だから、楽々と問題を解いていたのだけど。
「……うーん、僕、理系じゃないからなぁ。オクさん、ごめんこの問題やってくれない?」
数学や理科は僕が忘れているのもあってか中々解けない問題が多かった。
「おうよ。どれどれ。あー、美秋これはな──」
僕も側でオクさんの解説を聞いて、内容を理解しながら、所々を思い出して、師匠に補足の説明をしたりとお互いを補いながら解説を進めた。
一方、だんちょーと奏人は二人で甘いオーラをばらまきながら、勉強を教えあっていた。それを横目で見ながら思い出すのは元カノのこと。
彼女はもう、中学校三年生だ。二年生のときはクラスに馴染めなかったらしいが、大丈夫なんだろうかと少し心配になった。そして、僕と仲良くしてくれている犬系の後輩も気にかける。
──もし、彼女との関係を選んでいれば、あの子は傷つかなかったのだろうか。
……きっとそうは思わないだろう。人が代わったところで、あの頃の僕は距離感を考えていなかったのだから。
きっと、元カノを傷つけていた。
誰かを好きになることが傷つけるんじゃない。間違った距離感が誰かを傷つけるんだ。
──なら、僕のあの日の誓いは? 傷つけないために恋をすることを諦めたのは、いったい何の意味があるのだろうか。
僕はただ──
「──おい、ぼさっとするな、悠真!」
「…………あっ、あぁ。ごめんちょっと考えごとしていた」
オクさんに呼ばれていることに気が付かず、僕は少し反応に遅れてしまった。
「しっかりしてくれよ? わりぃ、悠真さっそくだけど美秋にここの問題教えてやってくれ」
理解してしまった考えを打ち消すように僕は努めて、問題を見るようにした。
しかし、その文章題の問題が「人はなぜ恋をするのか」という文章でその考えは頭のなかにこびりついて離れなかった。
──僕はただ恋に傷つくことを恐れて逃げているだけ、なんて信じたくもない。