彼は、信じられないくらいに私を大事にしてくれた。
ただ受け取るだけでは申し訳ないくらい、彼は私にたくさんの想いを伝えてくれた。
伝える努力を、してくれた。
それは、分かっていた。

「私は、あなたのために何をすればいいですか?」

あなたの生活をサポートするために、家事を覚えることですか?
ダイエットして綺麗になることですか?
あなたの隣に立つのがふさわしいくらい、知識を身につけることですか?
医療事務の仕事ができるようになった方がいいですか?

思いつく限りの事を聞いてみた。
そんなことしか、思いつかなかった。
その度に、彼は言ってくれた。

「ただ、俺の側にいて欲しい」

と。
それから私を抱き寄せて、頭を撫でてからそっとキスしてくれて、また撫でてくれる。
まるで私を慰めるかのように。

その手は、私を安心させるものだった。
その声を聞くだけで、私はいつの間にか落ち着くようになっていた。
彼の体温なしで眠ることに、いつしか不安を覚えるようになっていた。


だけど。
記憶の片隅に住み続けている、かつての母親がことあるごとに私に問いかける。

甘い誘いがあったとしたら……まず疑いなさい。
必ず、何か裏があるから。


そんなことはないと、思いたかった。
打ち消したかった。
彼に限ってそんなことはないと。


それなのに。


ねえ。樹さん……。
どうして、そんなことを黙っていたの?
嘘を、ついたの?
私を……騙していたの?