「森山さーん!!!?」

怒りがこもった呼びかけが、どこからか聞こえてきた時、彼女の表情が急に変わった。
血の気がさらに引き、真っ白になった肌に、青ざめた唇を震わせている。
それは、まるで病が急速に悪化するかのような変化で、俺は身構えた。
倒れるかもしれないと。
だが、彼女のその次の行動は俺の想像を超えていた。
スーツを汚した分と飲み物代という名目で1万円を押し付けてきた。
おそらく、あの声の主である女性のことを、ブルブル震えながら俺に勧めてきた。

言葉と表情がチグハグな女性はいっぱい見てきた。
そのチグハグさは、時に容赦無く牙を出す。
だが不思議と、目の前の彼女のチグハグさは、そんな怖さを一切感じさせない。
むしろ……俺はこう思ってしまった。

(この女性を、守らなくては)

一体どこから湧いて出てきた感情なのかは分からない。
でも悪い気はしない。
どこか、胸はぽかぽかする。
このまま、彼女ともう少し一緒にいたい。
だから俺は、本当なら家に帰すべきなのにも関わらず、もう少し彼女と一緒にいられる方法を取ることにした。

この決断は正しかった。
もしこの時、俺がそのまま彼女を帰していたら……きっと2度と彼女と縁が繋がらなかったかもしれなかったから。