「暑いな……」

外に出ただけで分かる、真夏の太陽の凶暴さ。
こう言う日は、健康だと思っていた人があっという間に死地へと旅立つ場面をよく見かける。
その病の名は……熱中症、そして熱射病。
人体は汗をかくことで熱を外に逃し、安全な生命活動のための体温を維持しているが、太陽が発する熱を浴び続けると、あっという間に死を引き起こす40度というラインに突入する。
特に脳や肝臓、心肺は熱に弱い。
ショック状態や……多臓器不全で運ばれた患者も数知れず。
きっと今頃、救命の現場ではこのような患者がたくさん運ばれているのかもしれない。
そんなことを、ふと思い出してしまいながら、指定された場所へと車を走らせた。
東京のランドマークの1つと言われる、六本木のタワーマンション。
場所柄と橘の知り合いということを考えれば、有名人の可能性がある……。
俺は最初状況確認だけしてから、必要であれば医療器具を持ち運ぶことを考えていた。
もしかすると、マスコミなど、外に漏れたらまずい患者だから、俺に依頼したのかも……という仮説も立てていた。
それが杞憂だと分かったのはその1時間後だったわけだが。

そして、そんなタワマンの入口付近にいたのが、優花。
今にも熱中症で倒れそうだったのは、一目瞭然だった。

(何故、あんなところで1人立っているのだろうか)

事情があったかもしれないが、事は一刻を争うことは俺の経験上すぐ分かった。

「中に入りなさい、熱中症になりますよ」

そう、声をかけようとした。
その時だった。

(危ない……!)

ぐらりと、地面に倒れそうになっていた。
俺は急いで、彼女の背後に行き、どうにか受け止めることに成功した。
その時、彼女が振り向き、俺の目を見た時の表情が……きょとんとした小動物のような顔をしていて、すごく可愛いと思ってしまった。
そして、髪から漂う、ほんのり甘くて優しい香りを嗅いだ瞬間、心臓がとくんと跳ねた。

この身体現象の理由を、この時の俺はまだ知らなかった。