「先生、うちの子、熱があるみたいで……」

この日の午前中も、いつものように診察をした。

「うわーん」
「あ、こら!おとなしくしなさい!」

今日最初の患者は、小学生になったばかりの女児。
喉が痛いとのことで、このクリニックにやってきた。

「はい、口開けて」
「やだー!!!」

ジタバタと泣かれてしまい、俺には手がつけられない。
どうするか……このままだと時間が無駄に過ぎていく。

「はーい、こんにちはー」

その時、子供が好きそうな動物のぬいぐるみを持ったうちの看護師、吉川悠太が奥から顔を出した。
ニコニコとした、子供ウケする顔を持つ吉川くんに安心したのか、女児は落ち着きを取り戻し、どうにか言うことを聞いてくれるようになった。

(助かった)

ほんの少し前までは、あと2,3人は看護師が勤務していたが、直近何故か立て続けに辞められてしまい、現在では彼1人。
最初はすぐに募集をした方が良いだろうと採用活動を始めようとしたが

「先生……女性の看護師は、雇わない方がいいです」

と……吉川くんに謎の忠告をされてしまったので、なかなか追加採用はできていない。

結果、このクリニックは吉川くんと俺だけ、というこじんまりとした体制にはなってしまっている。
吉川くんは明るくハキハキと行動してくれ、看護師としてのスキルも優秀で、患者……特に子供が気分を害して診察を受け入れてくれない時には、こうしてムードメーカー気質を発揮してくれ、今では非常に頼もしい相棒として、クリニックを支えてくれている。

「先生」

午前診療をどうにか終えて、休憩室に入った時、すでに吉川くんが菓子パンをかじっていた。
いつものように。

「なんだ」
「もちろん、気づきましたよね?」
「何がだ」
「さっきの泣いてた女の子……実は風邪じゃないですよね」
「…………そうだな」

先ほどの泣いた女児は、喉の腫れもなく、熱もなかった。
咳がほんの少し出る程度……という自己申告が母親からあるだけ。

「先生……また来ちゃいましたね。先生目当てで、わざと子供を病気にしたててくる患者」
「そうとは限らないだろう。咳は出ていたというし」
「うがい薬しか出さなかったじゃないですかー」
「……必要ないと、判断しただけだ」
「ほんと、モテる男って大変っすね〜。俺もそんな思いしてみたいっす」

俺は、吉川くんの話を聞き流しながら、白衣を脱ぎ、外出の準備を始めた。

「あ、先生この後外出でしたっけ」
「ああ。知り合いに呼ばれてな」
「分かりました、鍵、閉めておきます」
「頼む」

日曜日は、午後診療はなく、いつも医学の勉強のために時間を使うようにしている。
が、今日は知り合いから急な訪問診療を頼まれ、この後指定された場所に向かうことになっていた。

「先生さーなんで独身なんですか?」
「え?」

出かける直前に、菓子パンをほとんど食べ終わった吉川くんにこう声をかけられた。

「色々思うところもあると思いますが、やっぱり先生、結婚しておいた方がいいんじゃないっすかね?」

何故いきなり吉川くんがそんなことを言ったのかは、理解できなかったが……。

「心に留めておく」

とだけ返して、俺は駐車場まで走った。