つい、数年程前、俺は自分のクリニックを開業した。
駅から少し遠めの、アクセスが悪いところに建てられた、古いが日当たりが良い一軒家を購入し、中を改装して創った小さなクリニック。
別に、何か目的があったわけではなかった。
ただ、なんとなく、この場所がいいと思って決めた。
穏やかな時が、過ごせるような気がしたから。

その予感は当たった。
今俺は、かつての忙しない時とは比べ物にならないほど、ゆったりとした時間を過ごせるようにはなった。
いつものように、このクリニックを訪れる人を受け入れ、求められることだけをこなす。
淡々と、それだけを繰り返す。
何度も、何度も。
ぬるま湯に浸かった時のような、中途半端な心地よさだけが、今俺をこの世界に、上手に留めてくれている。

「お前が選ぶことはもうない」
「お前は、ただ求められたら答えればいい」

それが、俺の人生の軸になっていた。