40歳88キロの私が、クールな天才医師と最高の溺愛家族を作るまで

アルコールの臭いが充満した、白い床と壁、そして機械に数えきれない医療用備品に囲まれている。
俺は今日も、青い戦闘服に身を包み、生と死の間にいる人間の体を受け入れる。
食事をする時間などは皆無。
日々、次から次へと処置が必要な患者が押し寄せてくる。

「お願いします!!!」

あの日も、ストレッチャーに乗せられた、血だらけの患者がやってきた。
その患者は、5歳くらいの男児。
頭に大きな怪我を負っている。
顔が血に染まっている。
意識は、ない。
心肺も停止。
俺は心臓マッサージを行うが、機械は無常にも鼓動が戻らないことを伝えてくる。
すでに、顎部分に硬直が出ている。
これはもう、ダメだ……。
蘇生を諦めるという選択をする。
その選択は、客観的には正しい。
その場にいた、医学に精通している者なら誰でも同じ判断をする。
だけど、患者の家族にとってその選択は……。

かつての俺は、大病院の救命救急センターの中心として働いていた。
冷静にジャッジして、その場で最善を尽くし続けた……つもりだった。
だけどある日、俺は急に体が動かなくなった。
きっかけは、この男児の死を決めた日。

「どうして助けてくれなかったんですか!」
「先生のせいでこの子が死んだんです!」

俺の選択は、生と死に直結する。
例え、正しかろうが、間違っていようが、重くのしかかる選択の重み。
俺はいつしか、その重みに耐えきれなくなり、選択をすることから逃げた。
選択が、怖くなった。

その日のことは、何度も繰り返し夢に見る。
毎日、欠かすことなく。
もう何度この男児の死を見させられただろう。
何度、この親に責められただろう。

かつての俺は、そんな声すら気にも止めなかった、はずだったのに。


ピピピピ。

どこからか目覚めのアラームが聞こえる。
目を開けると、茶色い、少し汚れた天井に、生活感溢れる寝室に意識が戻っていた。
そして俺は、毎日アラームを止めながらスマホを確認する。
今生きている時間軸が、夢の時間軸よりもだいぶ先にいることを確認する。
汗だくになった体を無理やり叩き起こすためにシャワーへ向かう。

これが、今の俺の繰り返される日常。
そして今日も、明日も明後日も、この日常が繰り返されるはずだと、どこか諦めていた。

そんな日常を救ってくれる存在と、今日この後出会うとも知らずに。