「どうして……」

普通だったら、喜んでうなずくところなのかもしれない。
でも、私は知っている。
受け入れられたと思った矢先に、バッサリ切り落とされる痛みを。
忘れたかったはずの、苦すぎる過去が、私の本能に警告をする。
やめろ。ここで引き返せ。
いつか、後悔するぞ、と。

「お願いだ。答えを、聞かせてくれないか?」

……何故、おとぎ話の王子様のような人が、舞台のセリフのような告白を私なんかにしてくれるのだろう?
これは、夢?
それとも……罠?
幸せすぎる申し出だ。
これを受ければ、身分不相応と、神様が罰を与えるのではないか。
それでも……消せなかった、小さな炎が私の心にはあった。

「氷室さん……私なんかで、良いんですか?」

受け入れるなと、理性が叫ぶ。
受け入れたいと、本能が叫ぶ。

「私はデブで、ブサイクで、おしゃれじゃなくて……女としてダメダメで……だから私……1人で老後を過ごしたいって決めて……」

どんどん、涙が溢れて止まらなくなる。
そんな私の目を、氷室さんがそっとぬぐってくれる。

「俺は、森山さんが良いんだ。側に居させて欲しい」

こんなに力強く、自分を求められて……誰が抗えるのか……。

「ありがとう……ございます……」

私は、それを言うだけで精一杯だった。
それに気づいたのか

「キスをしても、いいですか?」

と言ってきた。
私は、小さく頷いた。
すると氷室さんが私の真横までやってきて座る。
それから氷室さんは、ゆっくりと、私の顔に近づき、そっと触れるだけのキスをした。
1度離れると、今度は私の体を引き寄せ、抱きしめながら、もう少し長く唇を押し付けるようなキスを、氷室さんはした。
私は、氷室さんの背中に恐る恐る手を回し、受け止めるので精一杯だった。

ファーストキスはレモンの味だと何かの本で読んだ気がしたが、私のファーストキスの味は、コーヒーと、ほんのり甘い和菓子の味だった。



第2章に続く