(こういう時は、成功しちゃうんだな……)

いつもは、この体型のせいで人混みに紛れてもすぐ見つかってしまう。
だけど、今日は自分からすっと、いなくなりたいと思った。
このまま、氷室さんの前から消えてしまいたいと、願った。
だからだろうか。
すんなりと、氷室さんには見つからずに小江戸の街並みまで戻ってくることができた。

(ここまで来れば、さすがに見つからないだろう……)

私は、駅に向かうためにバスを待ちながら、近くにあった店のガラス扉で自分の残念な姿を見てしまい、また落ち込んだ。

ぼろぼろになった髪型。
汗で化粧が崩れた顔。
しわしわになった浴衣。
そして草履を無理して履いてきたため、足がどんどん痛くなっていた。

(こんな姿の自分が真横にいるなんて、やっぱり氷室さんにとって良くない)

私はやっぱり第三者として、美男美女カップルを見てお似合いだ。
観察している側の方がよっぽど性に合っている。
早く。
バスが来てほしい。
早く。早く。
バスに乗って、駅に戻る。
そうして、電車に揺られながら日常に還れば、きっと芽生え始めてる気持ちを消すことができるだろう。

例え今日、氷室さんとこれきりになったとしても。
私はきっと、いい思い出にできる。
これまでも、そうだった。
そしてこれからも、私はそうして生きていく。
1人で。

そんなことを考えた、丁度その時。
バスが、見えた。
少し混雑しているのが、フロントガラスから分かった。

(万が一、氷室さんがここを通ったとしても、あの中なら見えないよね……)

私はデオドラントスプレーをさっと軽く自分に振りかける。
このタイミングで、スメルハラスメントで訴えられるのは、さすがに嫌だったから。

そして、バスが止まり、扉が開く。
私は乗り込む順番を待ち、中に入ろうとした。

その時、いきなり誰かから手を掴まれ、後ろに急に引っ張られた。

(この香りは……)

見なくても、分かってしまった。
誰が私を引っ張ったのか。