(ううっ……何でこんなことに……)

あの、地獄の婚活事件から数週間後。

私は今、浴衣という夏デートに鉄板なアイテムを身につけて、駅の改札口である人を待っている。
紺色の生地に、白い花が描かれている大人っぽいデザインの浴衣は、少し痩せていた時期に気合をいれて買ったものだった。
まだその頃の私であれば、まだ鏡で見ても、そこそこの自己肯定感は保つことができていたかもしれない。

だけど、今は違う。
私の横を通り過ぎる人が、私を見て

「やだ〜似合わない癖に浴衣なんて着ちゃって……」
「え〜浴衣が可哀想〜」

などと、言っているような気がした。
今すぐ、どこかに隠れたい気分になり、それに合わせて汗もどんどん湧き出てきた。
フルーティーな香りがする汗拭きシートで何度も気になっては汗を拭き取ることで、どうにか汗臭さは誤魔化してはいるものの、いつまでもつか……。

「……帰りたいな……」

臭いって言われたら嫌だ。
浴衣が似合わないって言われたらどうしよう。
そんな不安に押しつぶされそうになったので、

「お腹が痛くなりました、すみません」

とメッセージに打ち込み、待ち合わせ相手に送信しようとした。
しかし……。

♪〜

まさに今、メッセージを送ろうとしていた相手からの着信。
私は、はぁ……とため息をついて、呼吸を整えてから

「……はい」

と応答した。

『森山さん?氷室です』
「…………はい、森山です」
『今、どちらにいますか?』
「……」
『森山さん?』
「あのぉ……氷室さん……実は私……まだ家にいて」
『……え?』
「急にですね、お腹を壊してしまいまして……それで、今日行けそうになくて……」

(言ってしまった……!これでもう、お誘いが来なくなるかもしれないけど、でも嫌われるよりずっとまし……!)

「たぶん、風邪を引いてしまったと思うので……今日はごめんなさい、またの機会に誘ってください」

そう早口で言って、会話を切ろうとしたが

『おかしいですね』
「え」
『俺の目が正しければ、森山さん、今駅の改札前にいますよね?』
「……ええ……と?」
『そして今、何かを考えるために頭をうごかしましたね』
「あ、あの?」
『それに、風邪だと言うなら、なおさら俺に森山さん』

真後ろから、肩を叩かれた。
おそるおそる、背後を見ると

「会ったほうがいいと思いませんか?」

紺色の浴衣をびしっと着こなした、待ち合わせ相手の氷室さんが、イケメンオーラを放出しながら、怪訝な顔で私を見ていた。