「一体どういう……こと……なのでしょう……?」

混乱する気持ちをどうにか抑えながら尋ねると、氷室さんは少し困ったような表情を浮かべた。

「恥ずかしい話ですが……俺は、あそこが婚活の会場だと知ったのは、ついさっきだったんです」
「え!?じゃあ何だと思って……」
「実はここに来る前……古い友人から連絡を受けたんです」
「連絡……?」
「知り合いがあのタワマンに住んでいるが、体調を崩して動けなくなったと……」
「な、なるほど?」

(医者を引っ張り出すには、確かに1番確実な方法……)

「……まさか婚活の参加者としてあの場に呼ばれたなんて……」

氷室さんはそう言い切ると、はぁ……と深いため息をついた。
さしずめ……用意周到に仕組まれた罠に引っかかった希少動物と言っても……過言ではないのかもしれない……。

「受付でその事を知り、すぐに帰ろうと思いましたが……受付にいた友人の知り合いという方からは、大事な取引先が来ているから、どうにか残って欲しいと言われて、渋々最初は参加せざるを得なかったのですが……」

(すみません……その取引先……メチャクチャ心当たりあります……)

「ですので、あの会場で、明らかに病人だと分かる程、顔色が悪い森山さんを見つけた時は……正直、天の助けだとすら思ってしまいました」
「明らかに……病人……」

(そ、そんなに酷かったのか私……)

「もちろん、診察に偽りはありません。あなたは確かに熱中症で、あと一歩で病院に行かなくてはいけない状態ではありましたから……」

(やっぱり、助けられたの私なんじゃ……)

「ただ……どうもあなたに変な形で迷惑をかけてしまったようで……」

それは、あの、佐野般若のことを言っているのだろう。

「今思えば、もう少しあなたに配慮した方法をとるべきでした。本当に申し訳ない……」

氷室さんは、座ったままではあるが、前髪がパンケーキの皿についたメイプルシロップにくっつきそううな程、頭を下げた。

「いえいえ!事情は十分にわかりましたから!頭をあげてください!」

正直言えば、明日からの勤務は果たして大丈夫だろうか、という不安はないことは、ない。
だけど……。

「私なんかが、氷室さんのような方のお役に立てたのならすごく嬉しいです」

これは、本音だ。
それに……。
あのエントランスでの出来事から時間が経ってきて、今ようやく分かった事が1つある。
それは、氷室さんが何故あの時、私を引き留め、この喫茶店まで連れてきたのか、ということ。